密林に咲くヒヤシンス石(17)
お腹を空かせた凶暴なお子様達に、食べ応えもありそうな子豚ちゃん。明らかに放置はできない懸念事項を抱え込んでしまった以上、このまま狩りを続行するのも厳しいか。しかも、貴族様の付き人は非常によろしくないことに、拘束銃の存在を知っている関係者だった。ライヤと名乗ったボディガードに敵意はなさそうだが……拘束銃に怯えるとなると、自身が保護対象ではなく討伐対象であると自覚していることにもなるだろう。どうやら、後ろ暗い事情もありそうだ。
「……そちらの事情をお伺いしても?」
「あはは、そんなに怖い顔をしないでくださいよ。……お願いしたい事もあるし、ちゃんと説明もするからさ」
「お願い?」
“本当にいるんだ、インスペクターって人種“。
その言葉尻からするに、ラウールは彼にとって初めて遭遇した保護者なのだろうが、本来であれば味方になりうる相手に対して、妙な疎外感を仕込んでいるのが引っかかる。
「俺とこの子達の父親は、ジルコンの捨て石であり……その父親、レナクと呼ばれていた試験体は俺の異母兄弟になるんだけど……」
「異母兄弟ですか? だとすると……あなたもハーフということになります?」
「ま、そうなるだろうね」
何かを観念したように、ライヤが自分達の出自を粛々と語り出す。その弁によると、彼らは磅礴の彗星と呼ばれる来訪者を使って生み出された試験体の一部であり……その出自は非常に禍々しく、特殊すぎるものだった。
「磅礴、なんて妙にボカされた名前で呼ばれてはいたけれど。……サティスファイはとっても貪欲なジルコンの来訪者でね。性質はむしろ発情って言った方がよかったかもしれないな。本来は、充足感と互いを認め合うことを教えるための存在だったらしいんだけど……」
「ライヤさん。もしかして、サティスファイさんが……」
「そういうことになる……かな。俺やレナク、その他大勢。捨て石達の父親がサティスファイだったのだけど。もちろん、彼にそうさせたのは研究者……鯔のつまり、人間達さ。で……彼らがどうしてそんな吐き気も催すような事をしていたかと言えば。来訪者そのものを生み出そうとしていたから、らしいんだ」
「……何ですって?」
幸か不幸か、試験対象として捕獲したサティスファイは「オス」の来訪者であり、生殖機能も有していた。来訪者は心臓を削るとその分矮小化し、巨人ではなく人と同じ姿になる例も報告されている。実際に……繁殖とは程遠いだろうが、すぐ近くに人間生活に溶け込みすぎているボケ竜神の具体例がある以上、彼らの実験は馬鹿げているように思えて、そこまで荒唐無稽ではないことも認めざるを得ない。そうして、2名の伴侶(と言う名の生贄)を与えられたサティスファイは思う存分、自身の性能を別の意味で発揮したらしい。
「では、あなたは来訪者自体の息子である……と?」
「そう言うこと。でも、俺とレナク……兄弟達が放り出された時には、それが本当かどうかは確かめようもなかったけど」
「……?」
だがある日、サティスファイは彼を管理していた研究者もろとも忽然と姿を消した。彼らがいなくなった理由はそれこそ、ライヤにも分からない。だけど彼らが置き去りにされたのは、紛れもない事実でしかなく。研究設備があった洞窟に残されたのは、彼らの母親だった人間と、知性も理性も残されていないような本能剥き出しの小さな怪物達。そんな状況で、何が起こったかと言えば……。
「ま、その後は推して知るべし……だな。幸いにも、俺はまだ母さん似だったから、人に近い姿をしていたし……逃げた先で拾われた後は言葉を持つ事もできたんだけど。だけど……レナク達はそうじゃなかった」
来訪者似の彼らは爬虫類と両生類とを混ぜたような姿をしている者が多く、性質も近しいものがあったらしい。そして……両生類には餌が制限され、食料が絶たれると共食いするために形態を変化させるものがある。まさに「変態」であるが、この場合は更によろしくない事に……もう片方の意味も含んでいた。
「……俺は食われたくなくて、最後まで見届けずに逃げ出しちまったんだが。レナクと母さん達はまず、手頃な相手から食べ始めてさ。それで、大きくなった後は……うん、まぁ。その……」
「いいですよ、それ以上は。……あなたが逃げたのは、正しい判断だったと思いますね」
口先で言い淀みつつ、ラウールは別の疑念も持ち始める。どうやら、ライヤの母親は人間らしい。それなのに、今の言い方だと……。
(レナクとやらはともかく……母親も一緒に、共食いに参加したのでしょうか?)
人間だったらしい母親達も、飢えには敵わなかったという事か? 或いは、彼女達には「共食い」すらも受け入れてしまえるだけの素地があったということか? そこまで考えて……ラウールは1つ、嫌な予感を呼び戻す。そう言えば……サティスファイに充てがわれた伴侶は2名だったと、言ったか……?
「ラウールさん? どうしたのですか? ……何か気付いたことでも?」
「……例えば、ですよ。キャロルは自分に子供がいたとして……お腹が空いたからって、その子を食べたりします?」
「そんな事、できるわけないじゃないですか。残酷すぎる上に、気持ち悪くてできませんよ」
「そうですよね。それが普通の感覚だと思いますよ。しかし、今……ライヤさんはレナクと母さん達……と言いましたよね?」
「うん。……確かにそう、言ったね」
思いの外、冷静かつ、どこか他人事のような渇いた答えに、言葉を詰まらせるラウールとキャロル。そう、彼が「母さん」と呼んでいた相手は多分……。
「……すみません、ライヤさん。もしかして……あなた達が生まれたのって、約400年前くらいだったりします?」
「えぇと……あぁ、その位だろうね。……最近はレナクの冬眠の間隔が短くなってきているから、あまり意識しなかったけど。俺は確かに……こんなザマでも、かれこれ4世紀くらいは生きているかな?」
「そう、でしたか。だとすると、あなた達の母親は、ハーリティ・ソニーアの娘だったのでは……?」
「……その通りだよ。だから、俺はハーリティとやらの孫になるのかな、この場合。はぁ……やっぱり、一流のハンターには敵わないですぜ。……そうも簡単に素性を見抜かれたんじゃ、なぁ」
そうして最後は観念しましたとばかりに、ライヤがお手上げと肩を竦めるが。一方のラウールとキャロルはまさか、ヴァンの冗談が本当だったなんて……と、背筋に冷たいものを感じずにいられない。
彼らの生き残りは血脈を繋いでは、人の手が入らない原生林でひっそりと生きていた。ドアのすぐ外で待ち構えているわけではないにしても、森に迷い込んだ相手を狩っては……今も洞窟の奥で宴を開いていたのだ。




