密林に咲くヒヤシンス石(14)
農場主催のキャンプファイヤーを見つめながら、こんなにもお気楽でいいものかと……ロゼッタはその輪にも参加せず、1人でウンウンと悩んでいた。
正直に言えば、かの化け物は勇猛なロゼッタでも、本能的な恐怖心を煽られる相手でしかない。それでも、自身が愛して止まない国家を脅かす相手は刺し違えてでも、殲滅しなければ……と、妙な勘違いと英雄主義とを頭の中でグルグルと渦巻かせるが。そこは、名高いロンバルディア騎士団准将というもの。すぐに行動を起こすべきではないと、将校クラスに相応しい最低限の冷静さは保っていた。
(うむ……。この装備で夜戦は無理だな……)
夜戦には、明らかに特別な装備が必要になる。特に暗闇では、弾倉の確認ができないことも往々にしてあるため、残弾数を確認するための曳光弾も仕込んでおいた方がいい。更に、夜戦を想定していない以上、持ち込んだサブマシンガンにウェポンライトは装着されていない。暗視スコープもない以上、照明がないのは致命的だ。これでは刺し違えるどころか、ただの犬死にまっしぐらだろう。
……なお、話の趣旨は異なるが。彼女の装備においてサプレッサーという選択肢はない。派手にぶちかますのが何よりも大好きなロゼッタにとって、爆撃音は最上のBGM。そんな高揚感を強制的に底上げする破裂音を抑えるだなんて。……彼女にしてみれば「勿体ない」の一言に尽きる。そうして、粛々と決戦に備えてナイフを磨くロゼッタ。やはり、戦闘は戦果も戦況も分かりやすい日中に限る。
(仕方あるまい。今夜は明日に備えて眠るとするか……)
「ロゼッタ様、大丈夫?」
「あぁ、サム隊員か。大丈夫だ」
「……隊員は止めてよ……。僕、探検はもう、懲り懲りだよ……」
臆病な事を言いつつも、サムはきちんとレディへの気配りは運んできた様子。皿に乗せたスモアサンドを差し出しては、お1ついかが? なんて、ロゼッタにも薦めている。
「ほぉ……これは、マシュマロか?」
「みたいだよ。キャンプファイヤー定番のおやつなんだって。炙ったマシュマロをクラッカーで挟んだもので……ほら。チョコレートもいい感じに溶けてて、とっても美味しそうだよ?」
「う、うむ……太る故、あまり菓子類は食べないのだが……これも思い出というものぞ。是非に頂くとしようか」
手元で入念に磨いていたナイフを腰に戻して、皿から1つ、魅惑のおやつをつまむロゼッタ。そうして、サムも彼女の隣に腰を下ろして、トロリととろけたマシュマロに齧り付くが……すぐさま、隣から奇声が上がるのだから、折角下ろした腰をビクリと浮かせてしまう。
「フホォォォォッ⁉︎ な、なななななな……なんだ、これはッ⁉︎」
「うわっ⁉︎ ど、どうしたの、ロゼッタ様……」
「馨しいウッドチップの香りに、もっちりと食べ応えのある確かな食感! クラッカーの歯応えも、非常に心地よい! そして……うむ、うむ! チョコレートもなかなかに効いているな! これはビターチョコであろう?」
「た、多分……」
「チョコレートは携帯に向く上にカロリーも高いので、戦場で口にすることがあってな。普段はやや甘めの物を持ち込むが……あぁ、なるほど。マシュマロに合わせて、甘さ控えめなビターを選んだのだな! サムは常々、配慮も行き届いておる!」
「そう?(それ、僕が作ったわけじゃないんけど……)」
貴族様だけあって、ロゼッタは意外とグルメである。普段は結束を育むため、食事も部下達と同じ物を食べてはいるものの。体作りは食事が基本。その上、士気に関わるという理由から、ロンバルディア騎士団の食卓風景はそれなりに充実している傾向がある。しかも、ロゼッタ自身は四大貴族の侯爵家出身でもあるため、良いものを口にする機会にも恵まれていた。
そんな彼女の肥えた舌にも、キャンプならではの名物は相当の余韻を刻んだ模様。1つ目をあっという間に平らげると、勧められもしないのに2つ目に手を伸ばす。
「晩餐のオルセコ牛は、フィレもアントルコートも格別だったが。このマシュマロも非常に美味ぞ。やはり自然の中で育まれた食材を、新鮮なうちに食すのは素晴らしき事だな! 肉はともかく、マシュマロは野営訓練にも取り入れてみるか……。疲労回復効果も望めそうだし、イベント性があれば士気を上げるにも、効果的かもしれん」
「……ロゼッタ様は本当に仕事熱心だよね……。僕、ちょっとついていけないかも……」
ロンバルディア准将の思想に「ヴァカンス」等という、臨時休業なんてぬかるみは存在しない。頭の中は常に戦闘中、思考回路は常識など木っ端微塵に吹き飛ばした後のカラカラ荒野。それが嵐を呼ぶ黒薔薇貴族様の真骨頂。巻き込まれる側の苦労など瑣末なことと、台風の目よろしく周囲に暴風雨を撒き散らしては、ずぶ濡れにするのが得意技である。
「それにしても、あのフォンブルトンとやらは諦めが悪いようだな……。昼間の醜態だったというのに……まさか、イノセント嬢に求婚し始めるとは……」
「う、うん……。色んな意味で無謀だよね……」
見れば、折角のキャンプファイヤーを楽しんでいたイノセント様とお連れ様さえも囲い込んでは……フォンブルトンが片膝を着いて、聞くも耐えないような愛の譫言を披露している。そうして、よせばいいのに……イノセントは常々無駄に回る悪知恵を働かせては、妙な条件を吹っかけるのだから、非常によろしくない。
「……そこまで言うのなら、少しは考えてやってもいいが……」
「ほ、本当ですか! プリンセス・イノセント!」
「だが、私の伴侶となるには、それなりに条件を満たしてもらわねば困る。そうだな……あぁ、そうだ。だったら、ラウールを越せるようなら考えてもいいぞ?」
「ラウール様を越える……?」
「ほれ、ロゼッタも申していたであろう? ラウールは一応、ブランネル公の孫でもあってな。かつてはロンバルディア騎士団に所属していたようだが……あれで、相当に器用な奴なのは間違いないか? 無愛想だし、可愛げもないが。ボディガードとしても、宝石鑑定士としても一流の腕を持っておる。あれ程の実力があれば、私を守るのにも困らぬだろうし……だから、ラウール以上の資質を私に示せるのなら、考えてやってもいいぞ?」
勢いで飛び出したのは、突拍子もない迷案。条件を提示するにしても、いろんな方面にご迷惑をおかけする内容に、ヴァンもジェームズも及び腰にならざるを得ない。
【キュ、キュゥゥゥゥン(カッテにそんなコトをイったら、ラウール、コマる)……】
「あはは……。イノセントちゃん、それはいくら何でもキツイよ……。ボーダーがあのラウール君じゃ……」
そして……あぁ、あぁ、なんと無情かな。それ以前に、フォンブルトン様がお熱く求愛されているのは、非常に素敵なことに、人の皮を被った地球外生命体(超高齢)である。万が一、彼女の言う条件を満たせたとしても……華麗な結婚生活も、栄光の王宮生活も絶対にやってこない。
(なんだか、僕……フォンブルトン様が可哀想になってきたよ……)
煌々と輝くキャンプファイヤーが吐き出す上昇気流で、きっと頭の中も舞い上がっているのだろう。ロゼッタの訓練からは逃げ出したのに、ラウールを越えることはできそうだと俄然、やる気に満ち溢れるフォンブルトン様。しかし、フォンブルトン様の熱意が思いもよらぬ事態を運んで来ようとは……誰1人たりとも、知る由もない事であった。




