密林に咲くヒヤシンス石(13)
こうも連日ご馳走続きでいいものかと、流石のラウールも思いつつ。普段はそこまで贅沢もしていないと割り切り、こうして食後のコーヒーを頂いているが……子供達はヴァンに連れられてキャンプファイヤーに出かけており、妙に静かなのが、却って落ち着かない。そんな思いがけない寂しさにラウールはつい、皮肉混じりで嘆息してしまう。……いつから、自分はこんなにも他の誰かを気にかけるようになったのだろう。
「ところで、ラウールさん。ご相談事って?」
「……キャロル。非常に申し訳ないのだけど……囮になってくれるつもりはありませんか?」
「へっ?」
不意打ちの孤独感をしっかりと埋めるように、キャロルもカフェオレを手に隣にやってくるが……ラウールの突拍子もない相談に、思わず間抜けな声を上げてしまう。前置きもなく、囮になってくれと言われれば。誰だって、驚くだろうに。
「実は、今日……ミットフィード森林で、珍しい場所を見つけましてね」
「珍しい場所、ですか?」
「うん。キャロルはブルーベルという花は知っていますか?」
「ブルーベル……うぅんと、あまり馴染みがないような……」
「そうでしょうね。何せ、非常に珍しい植物ですから。ブルーベルは言わば野生のヒヤシンスで、スズランに近い姿の青い花を咲かせます。だけど……俺が今回問題にしているのは、その中でも固有種のスコルティッシュ・ブルーベルでして」
「固有種?」
スコルテッシュ・ブルーベルはスコルティア原産の植物で、深い森の中で群生し、青い花を敷き詰める姿から別名・妖精の絨毯と呼ばれる美しい花である。ブルーベルが咲く森は妖精が住んでいるとされ、特にスコルティアのモスウィック地方ではこの希少種を守ろうと、しっかり保護区域も指定されている。また、勝手にブルーベルの球根を掘り返すことも禁じられており、咲いているのが例え自分の庭だったとしても、罰則の対象になったりする。そして、何かとお伽話が好きなスコルティアの人々は律儀に規則を守り、寧ろ妖精が齎してくれた青い花を見られることは何にも代え難い幸運だと、庭にブルーベルが1輪咲いただけでも大喜びするそうだ。
「ブルーベルの開花時期は春先なので……そもそも、こんな時期に咲いているのがまず、不可解なんですよね……。まぁ、それはさて置き。スコルティッシュ・ブルーベルは指標生物として、森林の成り立ちの古さを図る基準にもなる花でして。……各地で交雑が進んでいることもあり、固有種は数を減らしつつあります」
スコルティッシュ・ブルーベルは貴重な固有種ではあるが、悪いことに近しい種と交配しやすい傾向がある。特に丈夫で見栄えがいいことから、スコルティッシュ・ガーデンに取り入れるために輸入されたシェルディアン・ブルーベルが野生化したものと交配が進んでおり、固有種の方が淘汰されつつある。
「そんな背景もあり、スコルティッシュ・ブルーベルのみの花畑が存在する場所は、古い時代から森林であったと同時に、人の手が入っていない可能性が高い場所、ということになります。そして、今日……子供達が化け物に襲われたのは、スコルティッシュ・ブルーベルのみの花畑でした」
「襲われたって……一体、どうして? まさか……例の人攫いですか?」
「そうと決まった訳じゃないけど……可能性は高いと思う。その化け物……彼女がこんな事を申していましてね。パパには肝臓が必要で、自分もお腹が空いている。そして、ママになる女の人を探している……と」
その言葉から推測されることとしては、彼女や彼女のパパは「人間の肝臓」を好んで食べる生き物であるということ。パパと呼ぶ存在がいるのにも関わらず、彼女にはママがいないということ。そして……彼女がママとして見定めるのはおそらく、それなりに大人の女性ということなのだろう。
「イノセントはともかく、ロゼッタ准将は御歳14歳。まだまだ子供ではあるでしょうけど、性別的にはレディでもあるはずです。しかし、彼女はロゼッタ准将はママにできる相手ではなく、餌として判断したみたいでした。……最初から襲いかかってきたのを聞いていても、イノセントとロゼッタ准将は条件を満たしていなかったことになるでしょう。そして……ここから先は、あまり考えたくないですけど。彼女が欲しいママというのは、多分……」
「すぐに子供を産めそうな歳の相手……ということになりそうですか?」
「……おそらく、ね」
手付かずの原生林に近い、ミットフィード森林に広がる妖精の絨毯。しかし、そのカーペットを利用しているのは可憐な妖精ではなく、人食いの化け物らしい。ラウール達が遭遇した化け物の実年齢は分からないが、年端もいかない少女にも見えたことから、産み落とされてからそこまで年月は経っていないように思える。であれば、順当に考えれば「ママ」も一緒に生きていてもいいはずだが……「ママ」は「普通の人間」だったのだろう。だから、少女を産み落とした後は……。
「……ジョナサンとラルスの例にも見られたように、父親がカケラだった場合は子供にも特性が引き継がれます。そして、今日出会った彼女は上半身は人間でも、下半身はカエルのような異様な足が生えていました。そのことから、おそらく彼女はハーフなのだろうと思われます。あの姿から、彼女の父親はきっと数年単位の冬眠が必要な類のカケラ……いや。来訪者に近しい存在だと想定した方が、間違いも少ないでしょうかね。何れにしても、彼は活動している間に好物を捕食する必要があるけれど……どこかの誰かさんよろしく、怠け者なのかも。餌を調達するための子供を増やしては、ママも用済みになったら、食料にしているのでしょうね」
「それで私に囮になれ、と仰ったのですね? 私であれば、攫われても何とかなりますし……。あぁ、でも……」
「大丈夫です。君は攫われるフリをして、彼女に巣までのエスコートをお願いできればいいのですから。もちろん、その先は絶対に許しません」
そうして旦那様の意地を発揮すると見せかけて……ラウールは既に頭の中で「攫われた奥様を助ける自分」をヒロイックに思い描いていた。あまりに不気味なシチュエーションでさえ、奥様の好感度を稼ぐ絶好のチャンスと計算しているのだから……まずまず、打算的である。
「……ラウールさん、何をニヤニヤしているんですか? ……何か企んでます?」
「い、いや? そんな事はないけど……。ま、まぁ、とにかく。キャロルであれば、外見的にはママの条件を満たしていると思いますし。それにロゼッタ准将が彼女を仕留めるのだと、息巻いていましてね。実を申せば、広い森の中を探している暇もないのです。他のメンバーならともかく、彼女にこちら側の素性が露見するのはよろしくありません。なので……子供達を寝かしつけたら、早速狩りに出かけますよ」
「分かりました。……ふふ。まさか、ヴァカンス中にクリムゾンの出番があるなんて、思っていませんでしたけど。折角です。私も妖精さんの絨毯でステップを踏むことにしようかしら?」
ヴァカンスに仮面を持ち込むなんて、野暮はしていないけれど。「ラビット・キャット」に相応しく、幻想的な青い花畑をピョンピョンと跳ねる彼女は確かに、さぞ愛らしく映ることだろう。そうして互いに、頷き合えば。自分達に降せない相手はいないと……どこまでも不気味な同族狩りの覚悟をするのだった。




