密林に咲くヒヤシンス石(12)
今晩のメニューは素敵なご馳走の予定。そして、豪華な夕食を美味しくいただくには、腹を空かせておくのが得策である。普段は食が細いラウールにもしっかりとお食事を摂らせようと、こうして散歩に繰り出してみたが。相変わらず、ラウールには悩み事がある様子。時折、すれ違う他の利用客に軽く挨拶をする度量は持ち合わせていても、無愛想な仏頂面が張り付いたままだ。
「……隣でそんなに怖い顔をされたら、折角のお散歩も楽しくないじゃないですか。何かあったのですか?」
「あぁ、ごめん。……本当は散歩がてら、君にも相談しようと思っていたのだけど……。意外と、人が多いみたいだから。さっきから、話すタイミングを逃してて……」
「そう。でしたら、お話は帰ってからしっかりとお伺いしますよ?」
「うん。……一旦はそれでお願いしようかな……」
拗ねる事なく詫びてくるのを見るに、不機嫌なのはあくまで表情だけらしい。いつになく軽やかに気分の方向転換をしては、さり気なく「繋いでほしい」と右手を差し伸べてくるので、キャロルも素直に応じるものの。彼の手の感触がいつもより、自然な事にキャロルはこっそり驚いていた。
(ラウールさんの手、いつもよりも温かいような……?)
ラウールの体温は常人よりもかなり低い。身を寄せ合っていると、体温を奪われるのではないかと思えるくらいに、ヒンヤリしているはずだった。だけど、普段はちょっぴり冷たいはずのラウールの手が……妙に温かい。
「……ラウールさん。体調が悪い部分とか、ありませんか?」
「えっ? どうして? 至って、普通だけど……」
「熱っぽさもないです?」
「いや? 特段、そんな感じもないよ」
「でしたら、いいのですけど……。ラウールさんの手、いつもより温かい気がして。だから、ちょっと心配になったのです」
どうやら、本人に変調の自覚はないらしい。キャロルに指摘されて、空いている方の左手をラウールもまじまじと見つめ始めるが、特に変わった様子はない。しかし……。
「……体温が上がっているとなると、俺も気づかないところでお熱が回っているのかもしれませんね。……仕方ない。大惨事になる前に、延命薬を飲んでおきますか……」
「……ラウールさん」
「うん?」
「もしかして……今回のキャンプ、無理してます? 熱が上がる程、嫌なことがあったのですか?」
散歩コースもそろそろ、折り返し地点。何気なくお喋りしながら妙に踏み固められた道を行けば、いつの間にか周囲の景色が黄金色に輝いているのにも気づく。他の観光客に倣うように、ラウールとキャロルも歩みを止めては、見事な太陽畑を見つめるが……。
「……かもしれませんね。取り立てて嫌なことがあった訳ではありませんが、確かに無理はしているかも。……何せ、周囲にここまで気を遣うことなんて、ありませんでしたから。自分1人であれば、誰にどんな風に思われようと関係ないと割り切ることもできましたが……今はそれが通用しないのも、よく分かっているのです。だけど、周囲と上手くやっていくなんて習慣を持ったこともないもので。……無理して周りに合わせようとすると、辛い時があるのです」
それに、本当は2人きりで出かけたかったのだけど……と、今度は悲しそうに肩を落とすラウール。その様子に、彼が新婚旅行抜きの状況に、相当の不満を募らせていたことを改めて思い知っては……悪いことをしてしまったと、キャロルは申し訳ない気分になってしまう。そして、彼の判定的には自分は負担ではないらしいことにも思い至って。最大級の精神安定剤を提供しましょうと、素敵な提案を差し出してみる。
「でしたら、次は2人きりで旅行に行きましょう?」
「えっ?」
「ソーニャさんに聞いたのですけど、新婚旅行はヒースフォート城行きが鉄板なのだそうですよ? キャッチフレーズは乙女の憧れ、ヒースフォート城……ですって。ふふ。是非、私も行ってみたいです」
「ヒースフォート、ですか? ……それはまた、ベタなプランですね……。しかし……うん、そうですね。こういうものは、気取って穿った事をしなくてもいいでしょうし……王道なのも、悪くない」
ホテルもコーヒーだけはしっかりしていましたし……と、妙な基準でヒースフォートにも好意的な評価を下しながら、ラウールもようやく気分を上向かせて、顔を綻ばせる。
2人の視界中に広がる黄色はきっと、幸せの色。手を繋いで、身を寄せて、思い出の1コマを記憶しようと、改めて背伸びしているひまわりを見つめれば。流石の不器用さんも、素直に笑うことができる様子。そうして、そちらの変調はいい傾向なのだと、こっそりと認識して。キャロルもまた、お揃いで頬を緩ませていた。




