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密林に咲くヒヤシンス石(10)

「ロゼッタ、これ以上奥に行ったら、迷子になるぞ?」

「大丈夫だ、イノセント嬢! 我はこれでも、軍人ぞ。道なき道を切り開くのは慣れておる! それに、ラウール准尉ご自慢のジェームズ号も一緒だ。何かあれば、彼が案内をしてくれるだろう!」

「う、うむ……まぁ、ジェームズが優秀なのは認めるが……」

「それとこれとは、話が違うような……」

【キュゥゥゥン(ジェームズ、セキニントらないぞ)……】


 ラウールが厳しい(釣果ゼロの)現実にため息をついている、その頃。即席で結成された「ロンバルディア探検隊」の面々はロゼッタを先頭に、グイグイと森の奥へと分け入っていた。ロゼッタ以外の2人と1匹が特殊な存在である以上、強引な進軍に付いて行ける()()()()()()はあるものの。鬱蒼と繁る森は昼間なのに影も濃く、それこそ、今にも()()()が出てきそうな雰囲気である。


「ねぇ、ロゼッタ様。そろそろ帰った方がいいと思うよ?」

「うむ? サム隊員、何故だ?」

「ラウール兄さんからも、あまり遠くには行くなって言われていたし、それに……」

「サム、それ……もしかして、方位磁石か?」

「うん。一応持って行けって、ヴァン兄に借りたんだけど。ほら……見てよ、これ。この森、何かおかしいよ」


 不安な表情を隠せないサムが、手の平に乗せた方位磁石をレディ2名にも示して見せるが。その針はサムの心情を映し出したかのように、不安げな様子でクルクルと頼りない回り方をしている。


「……なるほど。ここはおそらく、磁気を帯びた地質なのだろう。確かに、少々遠出をしてしまった気がするし……仕方あるまい。今日はそろそろ帰るか」

「その方がいいと思うな。……って、どうしたの、イノセント?」

「……何だろうな……? 先程から、誰かに見られている気がするが……」

【グルルルルル……!】

「見られている? ジェームズも、何か気づいたの? そっちに誰かいる……?」


 イノセントが指差した方に向かって、何かを嗅ぎ取ったらしいジェームズも唸り声を上げ始める。そうして、ロゼッタも抜かりなく持ち込んでいたサブマシンガンを構え始めるが……。


「あれは……女の子、かな? 迷子だろうか?」

「そのようだな? そなたも森を探検していたのか?」

「……様子からするに、探検はないと思うぞ、ロゼッタ」


 木の影からこちらを窺うようにヒョコッと顔を出しているのは、ロゼッタに思わずツッコミを入れているイノセントと同じ年頃に見える女の子。黄金色に輝く瞳を潤ませながら、縋るような視線を投げてくるが……。


「えっと、大丈夫? 迷子だったら、一緒に……」

【ガルルルルルルッ! グルルァッ(サム、それイジョウ、そいつにチカヅくな)‼︎】

「えっ?」


 しかし、サムが歩み寄ろうと足を踏み出せば。無害そうに見えた少女に対して、けたたましくジェームズが威嚇するではないか。その獰猛な()()に、差し伸べようとしていた手を思わず引っ込めるサム。そして、次の瞬間……。


「お腹、空いた。食べる……食べる……ッ!」

「おい……あれは一体、なんだ……?」


 ズリュリと木陰に隠れていた半身も含めて、女の子の全容が見えてくるものの。見た目からしても、相手は普通の人間ではなさそうだ。足の数は確かに2本だが、明らかに()()()がおかしい。


「下がっていろ、イノセント嬢にサム隊員! 我がしかと仕留めてくれようぞ!」


 手にしたサブマシンガンを鮮やかに構え直し、ロゼッタが少女に向かって次々に銃弾を打ち込むが……やや後方にくっついた逞しい足で、蛙のような跳躍を見せる彼女を撃ち抜くには至らない。しかも、()()()は深い森は自分の庭だと言わんばかりに地の利を活用し、木立の合間という合間を器用に飛び始めた。


「くそッ! なぜ、当たらん⁉︎」

「……肝臓、食べる! 肝臓……持ち帰る!」

「か、肝臓? も、もしかして……」


 彼女が、例の「正体不明の人攫い」だろうか?

 お兄さん達が冗談混じりで語ってくれた「怖い話」が現実味を帯び始めると、頼みのサブマシンガンが役に立たない状況も相まって、いよいよ怯える子供達だったが……。


【グルルルルル……ガフッ‼︎】

「あっ、ジェームズ号! ナイフなんぞ咥えて、どうするつもりだ!」

【フガッ、ガフフッ(ここは、マカせろ)!】


 だが、漆黒の番犬はその程度では怯まない。半ば強引にロゼッタの腰からサバイバルナイフを失敬すると、いつぞやのオルロフの悪魔の時と同じように、危険人物の放逐作戦を決行する。どこぞのボンド君よろしく、悪魔狩りの手助けを買って出ては、鮮やかに逃げ回っていた少女相手に確実な1撃を加えて見せる。


「おぉぉ! 凄いぞ、ジェームズ号! お主、こんな事もできるのだな! ……やはり、看板犬にしておくには惜しい逸材ぞ……」

「そんな事を言っている場合じゃないでしょ、ロゼッタ様! だって……見てよ、あれ!」

「傷が塞がっていくな。此奴のこの感じ、どこかで見た気がする……」


 しかし、折角のヒットだと言うのに……相手の傷口が「シュゥゥゥ」と小さな音を立てては、忽ち塞がれていく。その様子に、イノセントは砂漠で出会った生き残りの()()()()()をつい思い出してしまうが。当然ながら、今はそんな事を思い出している余裕もない、絶体絶命の大ピンチ。相手はたった1人だと言うのに……ジリジリと子供達は追い込まれていった。

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