密林に咲くヒヤシンス石(9)
この、裏切り者! ……と、先程の言葉をご返却するように、胸の内で延々と吐き出しつつ。すぐ隣を恨めしげに見つめれば、ヴァンの竿には獲物がかかっているのが、とにかく悔しい。それもそのはず、一方のラウールは釣果ゼロの状況である。しかも、子供達は釣りにも飽きてしまったらしく、ジェームズを連れて「冒険」と称した散歩に出かけており……必要以上に静かなのが、妙に寂しい。
「……ま、まぁ……運が悪いんだよ、きっと。今日も不運という事で……」
「……無駄な慰めは結構です。これは運が悪いというよりも、腕が悪いと判断した方が賢明でしょう」
「変な所は意外と謙虚なんだな……ラウール君は」
それは要するに、他の部分は不遜だと言いたいのだろうか?
ヴァンの何気ない指摘にいよいよ臍を曲げて、とにかく面白くないとラウールが鼻を鳴らす。そうしてヴァンの釣果を羨ましげに見つめては、夕食を彩るくらいは余裕でありそうだと……更に面白くない気分になると同時に、粘るのも諦めたらしい。
「まぁ、今晩のメインはロゼッタ准将のリクエストもありますし……魚ではないですからね。この位あれば、十分でしょうか」
「おや、そうだったのかい?」
「えぇ。ロゼッタ准将は血の気が多い気質に違わず、完璧なる肉食女子です。特に、オルセコ牛のフィレがお気に入りだそうで、あらかじめお願いしてありまして」
「ふ〜ん……ラウール君は本当に、色々と準備がいいよね。だって、彼女は飛び込み参加だったろ?」
「これも家族サービスの一環です。……家族を持ったからには、自分さえ良ければいい等と言っていられないことくらい、俺にだって分かりますよ。俺1人であれば、彼女のご参加を突っぱねればいいだけですし、ここまでの気遣いもしなかったでしょうけど。……今は何かと、周りと上手くやっていかなければならなくなりましたから」
そんな事を言いながら、釣果ゼロの現実も一緒くたにしては、深いため息をつくラウール。一方のヴァンはラウールのため息を前にして、彼の気質に関する前情報と大幅に異なると……困惑すると同時に、安心していた。
組織からはターゲットを囲っている金緑石ナンバー3は非常に気難しい、性質量90%を誇る「宝石の完成品」でもあるとも知らされていた。しかし、彼の気難しさは完成品だからこその精神疾患だろうと、ヴァンは理解してもいたのだ。性質量が高い者ほど、精神年齢や情緒が不安定になる傾向があるという事実は彼ら側の常識であり、共通認識。ヴァン自身も今でこそ、80%の性質量を持つ「宝石の完成品」には違いないが。生まれた時から「宝石の完成品」だったラウールとは違い、幼年期は性質量50%のカケラだったこともあり、自我の構築に関しては、まずまず穏やかだったとするべきだろう。故に、ヴァンは原初の彗星以上に、ラウールの方が扱いが難しいと踏んで、警戒もしていたのだが……。
「ふふ……そう。そういうこと。いやぁ〜……王子様はつくづく、本当に苦労人だよね」
「何ですか、藪から棒に。俺が苦労人なのは、家族構成を見れば、すぐに分かる事でしょうに。それと、お願いですから王子様は本当に止めてください。……そんな呼び名が耳に入ったら、白髭が調子に乗ります」
「そう? ま、だったら……僕はやっぱりラウール君にしておこうかな。それとも、ラウール兄さんがいい?」
「どうしてそこで、兄さんになるのですかね? ……ヴァン様の方が年上でしょうに。兄さん呼ばわりはサムだけで結構です」
さもつまらないと改めてフンと不機嫌そうに嘆息しながら、ラウールが手早く釣り糸を回収する。どうやら、釣りに飽きてしまったのは子供達だけではないらしい。そんなちょっぴりワガママな王子様に合わせましょうと、大人の判断をしては……ヴァンも釣りを切り上げ、腰を浮かせるのだった。




