密林に咲くヒヤシンス石(8)
カクカクしかじか、コレコレうまうま……と、フォンブルトン様が頭を低くしながら、言うことにゃ。今、この農場に王家の方々がお見えになっていると聞きつけて、是非にご挨拶にと馳せ参じた次第なのだそうだ。しかし、肝心の王家の方々がこんなにもありふれた格好をしているなんて、思いもしなかったのだろう。だから、とってもお偉いフォンブルトン様はいつもの癖で居丈高に振る舞ってしまった……ということになるらしい。
「……威張り散らすのが当たり前になっている時点で、ドレクァルツ様は相手にする価値もないですかね?」
「何も、そこまで言わなくていいと思うけど……まぁ、でも。確かに、いきなりひれ伏せはないな。僕も、ラウール君にちょっと同感」
「うん……僕も偉いのと、威張るのとは、別だと思う……」
至極真っ当な意見を述べるサムの頭を撫でつつ、何かと楽観的なヴァンも彼らに呆れ顔を隠せない様子。片や普段から偏屈なラウールは、折角の出陣の出鼻を挫かれて、不快感を露わにしていた。その上……。
「挨拶も何も、お主の醜さは見るに耐えん。大体、なんだ? その締まりのない体は。だらしないにも程があるぞ」
「イノセント嬢の言う通りぞ。豪奢な衣装を纏う前に、しっかりと自身の美しさを磨く方が先だ。あぁ、そうだ! であれば、我がロンバルディア騎士団に入隊せぬか? 我がみっちりしごき上げて、贅肉を綺麗サッパリ削ぎ落としてくれようぞ!」
「い、いえ! 結構です!」
「なんだ、情けない。貴族たるもの、自身には厳しく! 領民には優しく! 軍人たるもの、国家を守るために鍛錬を惜しむな! 身を賭してこその忠義ぞ。そんなへなちょこでは、領民を守ることはできぬぞ!」
「え、えぇぇぇ?」
イノセントに容姿を扱き下ろされただけでも、かなりの減点要素だというのに。その上、黒薔薇貴族様に至っては愛国心と言う名の爆弾に、しっかりと信管を装着した模様。同じロンバルディア貴族であるならば精進は不可避と、強引にフォンブルトンへの指導を申し出る。
「すまぬな、イノセント嬢にラウール准尉。我は、此奴らの弛み切った根性と肉体を叩き上げることにしたぞ! フフフフ……アァァァーハッハッハ! 心配せずとも良い、良い! 我の元で鍛えれば、どんなボンクラも一端の戦士になれることは必定ッ! さぁ、フォンブルトン2等兵に、各員! 共にロンバルディアのため、互いを高め合おうぞ!」
「えっ……は、はい?」
しっかりとフォンブルトンを「2等兵(要するに一般兵)」呼ばわりしながらも、愛国心を爆発させるロゼッタ。あれ程までにラウールが「今回はヴァカンス」だと念を押していたのに……常々、不必要に有り余っている仕事への情熱を発散せずにはいられないらしい。しかし、これは却って体のいい厄介払いになるかもと、彼女の方向性を是正することもなく、妙な具合で焚き付けるラウール。
「まぁ……でしたら、いいですよ? こちらの農場はこれだけ広いのですから、運動も訓練もし放題でしょうし。親睦を深めるついでに、爽やかな汗をかくのも一興ではないですか? ですけど、ロゼッタ准将。キャロルが心配しますので、夕方には帰って来て下さいね」
「うむ、分かっておる!」
「い、いや、僕は……」
「ちょうどいい機会ではないか? ほれ、お主は王家とのコネクションが欲しかったのだろう? ロゼッタと仲良くしておくのも、悪くないと思うぞ? ついでに全員で根性も叩き直してもらえれば、一石二鳥ではないか!」
ヴァカンスの主催者とプリンセスもどきの承認もいただいて、ますますやる気を滾らせるロゼッタ。しかし、訓練どころか運動らしい運動をしていないワガママ君(肉体的なものも含む)には、降って沸いた彼女の提案はあまりに過酷すぎる。そうして、従者と顔を見合わせては……フォンブルトンご一行様はクルリと背を向け、一目散に逃げ出した。
「お、お前達! ここは……」
「は、はいッ!」
「逃げるが勝ち、ですねッ!」
「これ、待たんかッ! 初っ端から脱走するつもりかッ⁉︎」
緊急事態が発生すれば運動不足だの何だとの、言っている場合ではない。Run away at top speed……その勢い、まさに脱兎の如く。兎角、逃げ足だけは早いこと、早いこと。そうして引き止める間も無く、畦道を直走る脱走兵の背中を……悔しそうに見つめるロゼッタなのであった。




