密林に咲くヒヤシンス石(7)
今日こそは大物を釣るぞ! ……と、無駄に息巻いているのは、大人2名だけ。それでも、釣りの楽しみを忘れられなかった子供達が聞き分けの良い様子で、しっかりと付いて来る。だが、そのココロは昨晩の「怖い話」が尾を引いている部分が大きいのだろう。あれだけ暴れん坊だと思っていたロゼッタでさえ、物騒な物体を握り締めながら付いて来るのだから、多少は乙女な部分もあるのかもしれない。しかし……。
「……ロゼッタ准将。装備はナイフと小銃だけだと、言っていた気がしますが。手榴弾まで持ち込んでいたのですか?」
「う、うむ……? いや……これは言わば、お守りなのだ。我は手榴弾を握りしめていた方が、よく眠れるタチでな……。あぁ、大丈夫だ。こいつには信管は付いておらぬ。だから余程の事がない限り、誤爆はせぬぞ?」
心配しているのは、そこではありません……。あっけらかんと答えるロゼッタの狂気っぷりに、他の全員が「怖い話」の余韻以上に恐れ慄く。いくら誤発の可能性は低いとは言え、彼女が握りしめているのは危険極まりない爆発物である。そんな物を弱冠14歳の少女がお守りに持ち歩いているのも、大概だが。……あろう事か、それを握りしめていた方がよく眠れるという、返答そのものが常人の理解を逸脱している。
因みに、信管とは爆発物の点火装置のことであり、手榴弾の場合は搬送時や意図しないタイミングでの誤爆を避けるため、使用直前に取り付けられるのが一般的ではある。しかし、弾体部分には爆薬が仕込まれている現実は、どう頑張っても変わらない。いくら手榴弾が携帯に適している設計である上に、所定の方法で信管を取り付けないと利用できないと言えど……爆弾と一緒に「Good Night」は、心の底から願い下げである。
「……ヴァン兄、僕、こんなところで死にたくないよぅ……!」
【キュゥン、キュンキュン(ジェームズも、ミギにオナじ)……】
「だ、大丈夫だ、サムにジェームズ! なんてたって、ラウール君と僕が付いてる! 何も、心配はいらないぞ!」
「へぇ〜……頼もしい限りですね。一応、申し上げておきますが……俺は、手榴弾をどうこうできる手段は持ち得ていませんよ。言い出したからには、ヴァン様お1人で頑張ってください」
「あっ! ここは一緒に頑張るのが、スジだろう! この、裏切り者め! これだから、ラウール君はいけ好かない!」
「そーだ、そーだ! ラウールはいけ好かないっ!」
「ふむ。ラウール准尉が嫌味な奴なのは、我もよく知っているな」
「……あの、すみません。どうして、この流れで俺の悪口になるんですかね?」
何故か他の全員からブーブーと文句を言われ、お出かけ早々に肩を落とす。そうして、鳴り止まぬブーイングと共に農場の出口に差し掛かったところで、妙な団体が屯ろしているのが目に入るが……。
「おや? あの団体さんは、何だろうね? 妙に華々しいというか……」
「どちらかと言うと、ケバケバしいが正しいですかね?」
純粋に不思議がるヴァンに対して、散々いけ好かないと言われたのもアッサリと忘れては、斜に構えた態度を崩さないラウール。しかし、この場合はラウールの感想の方がしっくりくるというもの。無駄に派手な空気に、関わるのも面倒だと……無言のうちに全員で一致団結しては、知らぬ存ぜぬと、何食わぬ顔で通過しようとするが……。
「おい、お前ら! フォンブルトン様に挨拶もなしに、素通りなんて! 失礼だろう!」
「はい? フォンブルトン様、ですか? 生憎と、俺達にはこんなにも場違いな知り合いはいないものでして。せっかくの釣り日和なのです。……邪魔しないでいただけます?」
「な……! お前、このお方を誰だと思っているんだ! オルセコ領主、グランジオ・ドレクァルツ様のご子息であらせられる、フォンブルトン・ドレクァルツ様だぞ!」
「ふふっ。その通り! 僕こそ、このオルセコ領主の次期当主・フォンブルトンだ! 頭が高いぞ! 僕にひれ伏せ、この平民ども! ……あぁ。因みに、ひれ伏すのは男だけで結構。そちらのレディ2名はそのままでよろしい」
強引に名乗ったかと思えば、一方的にひれ伏せとなかなかに素敵な事を言い出す、次期当主様とやら。取り巻きがやんややんやと囃すのに、1人で得意げな顔をしている少年貴族だが。……その姿が滑稽に見えるのは、気のせいではないだろう。
「ふ〜ん……左様ですか? それはそれは。嫌に長ったらしい自己紹介をどうも。……いずれにしても、俺達には関係ありませんかね。そろそろ、行ってもいいですか?」
「はっ……? こっ、この……痴れ者が! とにかく、フォンブルトン様に挨拶だ! いや……ここは膝を着いて、謝れ! 不敬罪にされても良いのか⁉︎」
これはまた、妙な奴に絡まれたな……。何が面白くて、こんな事をしているのかは分からないが。農場の出入り口でわざとらしく、誰彼構わず吹っかけなくても良いだろうに。そうして、仕方なしに……イノセントをネタに強行突破を決め込むラウール。民間の農場にお世話になっている間はあまり、七光を悪用するつもりもなかったのだが。権威をチラつかせてくる相手には、上回る権威で無駄に高すぎる頭を沈めるに限る。
「不敬罪、ですか? ……ハァァ。別に構いませんよ。ハイハイ、ご自由にどうぞ。……さ、馬鹿は放っておいて、行きましょうか? プリンセス」
「うむ、そうだな。どこの誰だか、分からんが……私に楯突くとはいい度胸だな、ドレクァルツとやらは。ふん、まぁいい。帰ったら、ブランネルに報告するとしようか。このイノセント・グラニエラ・ロンバルディアのヴァカンスを邪魔した不届き者がいると……な」
「へっ?」
「ふむ、そうだな。我からも、進言しておこうかの。あぁ、申し遅れたな。我はロゼッタ・パドロン・ノアルローゼと言う。今は軽装だから、気づかれなかったのかもしれんが。これでも、ロンバルディア騎士団の准将ぞ。それで……そっちのはラウール・ロンバルディア准尉だ。ふぅむ……なるほど。田舎貴族というのは、相当に偉いものらしいな?」
トドメとばかりに、ロゼッタがラウール達の七光に黒薔薇の棘を添えたところで、逆にひれ伏すドレクァルツご一行様。そうして、どうして業務妨害をしていたのかを、頼まれもしなのに言い訳がましく喋り始める。しかし、こうも次から次へと、厄介事に見舞われるともなれば。ラウールはヴァカンスさえも一筋縄ではいかないと、嘆かずにはいられないのだった。




