密林に咲くヒヤシンス石(6)
ノールの話をグルグルと考えながらも、コテージのバルコニーで夜風に吹かれるのは心地いい。そうして風に吹かれながら、日中はお預けだった2人きりの時間を満喫しているが。初日から早々、キャロルには面倒事を押し付けてしまった気がすると、ラウールは少しばかり反省していた。
「……片付けとか、荷物整理を押し付けてすみませんでした。明日はそちらも手伝いますし……良ければ、一緒に川にも出かけませんか?」
「別に気にしなくていいですよ。私も好きでやっていますから。それに……」
「それに?」
「明日は先約があるのです。女将さんと一緒に、牛さんの乳搾りをしようと思っていまして。ふふ。折角ですから、新鮮な牛乳とジャガイモでヴィシソワーズを作ろうと思っています」
妙な具合で同行を断られ、さっきまでの反省も夜風に飛ばされては、不意に面白くない気分にさせられるラウール。彼なりに家族サービスに精を出そうと、キャロルのご機嫌を窺っては、気を遣ったつもりだったのに。素気無く却下されては、寂しいではないか。
「あっ、もしかして。また、拗ねているのですか?」
「別に……拗ねてなんか、いませんよ。そうでしょうね。俺と一緒にいるよりも、女将さん達といた方が楽しいでしょうし……キャロルも、好きなように過ごせばいいと思います」
「……それを拗ねているというのです。もぅ……本当にあなたは面倒なのですから……。でしたら、明日は早めに帰ってきてください。夕方は散歩に出かけましょう?」
キャロルによれば近くにはハイキングコースもあり、一面にひまわりが咲いているポイントがあるそうな。その花畑は小さな太陽が所狭しと空に向かって競っているようにも見え……美しいのはもちろんのこと、黄色一色の眩しさも相まって、圧巻の光景と専らの評判らしい。
「是非、そちらに2人きりで出かけませんか? その他にも女将さんにオススメのスポットを色々と教えてもらいましたから、時間を見つけてお散歩するのもいいと思いますよ」
「……ひまわり、ですか。あまり馴染みのない花ですが……うん、そうだね。夏の思い出にするのも、ピッタリですね」
手練れのラウール検定上級者に見事にあやされて、ケロリとご機嫌を上向かせるのだから、ラウールは複雑な割には単純で助かると……キャロルは胸を撫で下ろすものの。未だにラウールの表情が晴れないのを見るに、他に懸念事項がある様子。
「ところで、何か悩み事があるのですか?」
「悩み事、というわけでもないのですが……ノールさんの話が、妙に引っかかっていましてね」
「ノールさんの話……例の人攫いですか?」
「えぇ。……金品目的ではないそうでしたが、彼はこうも言っていましたよね。“今年は運悪く現れたようだ”……って。その言葉からするに、ある程度の周期で人攫いが出没するのだと考えられますが……だとすると、その人攫いは普段はどこで何をしているのかが、非常に気になりまして」
「普通に生活をしている……あっ、違いますよね。普段はきちんと生活できている人が、わざわざ人攫いなんてしませんよね」
キャロルの言う通りである。日常生活を標準的に送れる者がわざわざリスクを冒してまで、人攫いだけをしでかす理由が、ラウールにはどうしても分からないのだ。もし、生活に行き詰まって犯行に及んでいるのだとすれば、金目のものが手付かずなのは不自然である。
「ですので、この場合は愉快犯の凶行か……或いは、相手が特殊な存在である可能性を考えた方がいいのかな……と」
「特殊な存在……」
「ほら、レユール繋がりでそんな相手もいたでしょう? 定期的にサーカスを開いては、獲物を狩る化け物が。まぁ、サラスヴァティを所望していた時点で、彼の場合は獲物も特殊な相手だったとするべきでしょうが。実際に27年周期で子供を攫っては、捕食していた経緯もあるようですし……。そんな中でハーリティ・ソニーアの話も出たりしたものですから。妙に類似性があるような気がして。……少し、嫌な予感がするのです」
何れにしても、そこまで深く考える必要もないか。自身の「嫌な予感」の的中率が有り難くないほどに高いことに、辟易しつつ。自分達の立ち位置がまだ部外者であるのをいいことに、一旦は懸念事項を忘れることにするラウール。折角のヴァカンス(兼・新婚旅行)だと言うのに、余計な心配事を抱えるなんて。……面白くないにも程がある。




