密林に咲くヒヤシンス石(4)
今宵のお兄さん達は悪乗り気分も上々と……ゴクリと生唾を飲むお子様達を前にして、よろしくない笑顔を浮かべながら「怖い話」を嘯く。そんな意地悪な2人を尻目に、仕方のない人達なのだから……と、キャロルはいそいそと夕食の後片付けをし始めるが。興味も耳も、しっかり彼らの語り口に向いている。
「怠け者夫婦は常にお腹を空かせていました。用心深く旅人達の持ち物を捌こうにも、売れるものは限られますし、住処から近い場所で食料を調達していれば、自ずと顔も割れてしまいます」
「そこで……彼らは旅人達の死体処理と、食料調達とを同時に賄う方法を思いついたんだ。その方法とは……」
「そ、その……方法とは?」
イノセントとロゼッタ、そしてサム。何故かお行儀よく椅子の上で膝を並べながら、3人が怖いもの聞きたさでやや前のめりになったところに、芝居がかった様子で声を潜める、保護者2名。日が長いはずの夏でも、夜はちゃんとやってくる。すっかり暗くなったと同時に、ひんやりとクールダウンした空気感も手伝って……子供達の恐怖心を煽るのにも、事欠かない。
「……旅人を食べちゃうことさ」
「た、食べる……人を?」
「いや、それはいくら何でも……」
「嘘……だよな?」
「いいえ? 嘘ではありませんよ。そもそも、彼らは働きたくない一心で洞窟を住処にしていた怠け者です。旅人を襲っていたのも、食糧を確保するためであって、贅沢をする為ではありません」
「そして、彼らは次第に食べるためだけに旅人を襲うようになったんだ。そうなったら……後はノンストップさ。なにせ、死体処理と食糧の確保を同時に解決する手段を見つけたんだから。しかも、彼らはとっても子沢山でね。薄暗い洞窟の中で、食っちゃ寝しては……いつしか大家族になっていた」
「尚、最終的に彼らは48人までに増えていたそうですよ。……経緯と詳細は省きますが、総勢48名の彼らは全員、親と子、そして孫で構成された親族でもあったそうです」
ここまで来ると、とてもではないが人間の営みというよりは、動物の営みそのものである。人としての良心はとっくにどこかに置き去りにしたまま、「食べるためだけに」大家族になった彼らは獰猛な野獣の群れよろしく、鮮やかなチームプレイで狩りをするまでになっていた。
「しかし、そこはある程度、知恵のある人間のすることです。彼らは狩りにはしっかりと厳密なルールを定めては、徹底的に足が付かないように細心の注意を払ってもいました。さて……と。兵法に詳しいロゼッタ准将だったら、すぐに分かりますかね? 証拠を残さずに勝利を収めるには、どんな相手を獲物に定めればいいと思いますか?」
「ふむ……そう、だな。美しい勝利を飾るには、物足りぬが……確実に勝つには弱い相手を狙い、頭数を減らして兵力と士気を削ぐのが必定だろうな。また相手の姿を的確に捉える陣取りも重要だろうし、勝つだけでいいのであれば……奇襲も効果的だろう。そして、相手の陣を崩すには手薄な拠点か、重要な拠点を制圧するのが肝要だ。あるいは、退路や物資経路を断つのも、効果的であろ。それと……」
「あぁ、その程度で結構ですよ。今のお答えで、大体の正解は出揃っていますし」
「ほぅ、そうなのか? しかし……折角、気分が上向いてきたのに……。もう少し、喋らせてくれても良いではないか?」
怖い話にしっかり怯える可愛げがあると思いきや。やはりそこは、嵐を呼ぶ黒薔薇貴族様。恐怖心を戦闘真っ只中の高揚感に書き換えては、ロゼッタが喋り足らぬとブツクサと文句を垂れ始めたのを遮りつつ。ラウールが話の続きを語り始める。
「彼らは少人数の相手に狙いを定め、自分達より頭数が多い相手を襲うことは決してありませんでした。しかも獲物は大抵、馬に乗って拓けた道を呑気に進んでいるような連中ばかり。馬上の高さに加え、遮蔽物もないようなロケーションでは……彼らにしてみれば、狙ってくれと言っているようなものです。それに対し、彼らは深い草むらに隠れ、しっかりと計画的な陣を敷き、狙った相手は絶対に逃さないよう、数に物を言わせて囲い込んでは……生き証人を出さないように、確実に旅人達を1人残らず仕留めていたそうですよ」
「そして、的確なチームワークで死体を持ち帰っては……うん、そっちも色々と工夫していたみたいだね。食べきれない分は塩漬けにしたりと、保存食を作っていたりもしたらしい」
保存食の原料については、深く言及する必要もないだろう。そんな想像も容易い食糧事情を勢い、ヴァンが暴露したものだから、不気味さをぶり返したお子様達が身を寄せ合って震え出す。この場合は……何かと慇懃なラウールよりも、変に気さくなヴァンの方がタチが悪いのかも知れない。




