密林に咲くヒヤシンス石(1)
広大なミットフィード森林を抜ければ、そこはどこまでも翡翠色に輝く丘陵地帯。ラウール達はヴァカンスと銘打って、キャンプを楽しもうと……列車と馬車を乗り継いで、ロンバルディアの南東に位置するオルセコの農場に遊びに来ていた。しかし、当初の参加者はラウールご一家に、ご近所さんの総勢5名(+犬1頭とカナリア1羽)……だったはずなのだが。その顔ぶれには、明らかなる特別ゲストが知れっと混ざっている。
「……いいですか、ロゼッタ准将。俺達はヴァカンスに来ているのです。いいですね、ヴァ・カン・ス、ですからね!」
「分かっておる! フッフッフッフ……無論、標準装備は抜きぞ! サバイバルナイフとサブマシンガンしか持ってきておらん!」
「だから! 参加するからには、武器はナシでとお願いしたではありませんか!」
「ふむ? そうか? 備えあれば憂いなしと、申すであろ? この位はあっても良いではないか」
その備え、明らかに過剰です。
結婚式に参列したついでに、彼らが馴染みの農場にキャンプに出かけると聞いて、どうやらロゼッタも混ざりたくなったらしい。そうして、強引かつ強硬な力技で飛び込み参加の運びになったが……。ラウールの事前のお願いも見事に無視して、ロゼッタの臨戦態勢は維持されたままのようだ。
「別にいいではないか、ラウール。私も用心に越したことはないと思うぞ。それに、クフフフフ……。私も、ライフルとやらで暴れてみたい!」
「おぉ! イノセント嬢はこれに興味がおありか!」
「もちろんだ! 悪魔を退治するには、武器は必須! ……今度、訓練に混ぜてもらおうかな」
「そうか、そうか。でしたらば……是非に、ご案内致しましょうぞ! 父上も喜ぶに相違ない!」
「すみません……お子様同士で物騒な結託はしないでくれませんかね。あぁぁぁ……! ヴァカンスが……! 俺の素敵な新婚旅行が……!」
【キュゥゥン……】
年齢(と言うよりかは精神年齢)が近いせいか、はたまた思考回路が似ているせいか。結婚式の際にすっかり仲良くなったイノセントとロゼッタが農場に着くや否や、別方向に一致団結して既に盛り上がっている。
「ね、ねぇ……ラウール兄さんにキャロルさん。本当に大丈夫なの、あれ……」
「すみませんね、サム。君にまで変な心配をかけて……。俺も大丈夫ですと言いたいのですけど……こればかりは、保証できません……」
「え、えぇ。私も大丈夫と言い切れないと言うか……。あぁ、でも。サム君には怖い思いはさせなくて、済むと思いますし……。折角、こうして来たのです。こちらはこちらで、思いきり楽しみましょう?」
「うん……」
「アハハ、サムは臆病なんだから。大丈夫さ。なんてったって、僕とラウール君が付いている! サムが心配するようなことは何1つ、ないから」
「べ、別に臆病なんかじゃないやい、ヴァン兄! ただ、僕は……」
あの調子で、他の人に迷惑をかけないかな? それが心配なだけで……。
サムの口から自然かつ、当然の懸念事項が飛び出すものだから、ラウール達もやれやれと苦笑いせずにはいられない。それもそのはず、今はキャンプシーズン真っ盛り。コテージも予約でギッシリならば、ラフティングやフライフィッシングの設備や道具は既に全て貸出済みの状態。それは今回お世話になるノールの農場だけではなく、近隣の農場やキャンプ場は一律同じ状況とのことだった。そして、その現実から容易く予想できるのは……大勢のキャンプ客が他にもいるということであり、色々とシェアしなければならないという事だ。そんな環境の中で、一際異彩を放つ凶悪コンビが暴走したらば、最後。……真っ黒な嵐を呼んだ上に、キャンプ場一帯を大炎上させそうである。
(結局、こうなるのですね……。あぁ……家族サービスとは、こういうものなのかも知れませんが……)
それにしても、この惨状はあんまりではなかろうか。新婚旅行を取り上げられ、せめてもの長期休暇に繰り出してみても、心配事だらけでヴァカンスのヴァの字も見当たらない。そうしていつも通りと言うか、何と言うか……。厄介ごとに巻き込まれるのも、悲しいかな。父親もどきの嘆かわしい特性なのだった。




