悪魔に寄り添うエンジェライト(7)
「……ところで、何でヴァカンスの旅費なのですか? ……新婚旅行ではなく?」
長い長い結婚式の1日を終えて。こうして、ようやく2人きりになったのも束の間。新郎には何やら、大いなるご不満がある様子。新婦の稼ぎの良さに嫉妬する以上に、ご祝儀の使用用途が気に食わないらしい。
「もぅ! ついこの間、みんなでキャンプに行こうって約束したじゃないですか!」
「いや、それはそうだけど……。それとは別に、2人きりの旅行はないのですか? 普通、そっちが先なんじゃ……」
しかし、旅費を握っているのが新婦側の方なものだから、新郎の立場は非常に弱い。結局、それ以上の要望も通せないまま、情けなくしょんぼりと拗ね始める。
「……そう。そうですよね……。どうせ、今日の契約だって、約束の一環なのだろうし……。俺と2人きりなんてイヤだと言いたいのですよね、本当は……」
「どうして、そこで拗ねるのです……」
相変わらず、新郎の卑屈さと面倒臭さは抜けていない。結婚さえも約束を守っただけなのだと誤解しては、後ろ向きに膝を抱えるのだから、下手をすると……扱いづらさだけはグレードアップしているかも知れない。
「……1日の最後に2人きりなるだけでは、ダメなのですか?」
「当たり前でしょう! 俺は君を独り占めにしたいのです! それでなくても、君は周りに優しすぎる部分がありますし……。その割には、俺には意地悪だったりするし……」
「あら! あなたには、その位がちょうどいいと思いますよ?」
普段はちょっぴり意地悪にしておかないと、すぐ調子に乗るじゃない。自分がどれだけ周りに意地悪なのかを自覚していない旦那様を調教するのも、お嫁さんの役目ですもの。The carrot and the stick……猛獣使いの二つ名は伊達ではないと、ご褒美と意地悪とを華麗に使い分けて。ここはご褒美を差し上げる場面だと判断しては、素敵な1日の終わりを演出しようと……いじけている旦那様の耳元に彼が望んでいるだろう言葉を囁く。
「甘いのは夜だけでいいと、申しているのです。それに……無事に試験も終わったのですから、これからはたくさんお喋りもできると思いますよ?」
「……キャロルはいつの間に、悪知恵が働くようになったのですかね……。以前はもっと、素直で純粋だったのに……」
「まぁ、失礼な。この捻くれ具合はあなたに似たせいです。なので……結婚したからには、しっかりとこちら側に寄せて軌道修正もしますからね。……よろしくて?」
「別に俺は捻くれている訳じゃ……。ですけど、そこまで言うのでしたら……ずっと一緒にいてくれるのですよね? やっぱり途中で諦めました、気が変わりました……はナシですよ?」
言葉尻からするに、彼も自分の扱いづらさは自覚している様子。途中で諦められるかも知れない不安を匂わせながら、「見捨てないでください」のメッセージを暗に仕込んでくる。
「そんなに悲しそうにしなくても、いいではないですか。……上手くできない時はちゃんと、お話しましょう? 互いに分からない事があれば、きちんとお喋りしましょう? 私には本当の家族がどんなものなのかは、分からないですけれど。でも……そうして一緒に暮らして、分かり合えるようにするのも……1つの家族の形だと思うのです」
「……そう、だね。うん、俺も……そう、思います。ですので……」
「はい」
「これからも……よろしくお願いします……」
「ふふ。もちろんです。……こちらこそ、よろしくお願い致します」
伝えたい事をきちんと伝えて。一緒にいたいと抱きしめて。そうして、ありったけの幸せを噛み締める。新郎は周りから愛想が悪いだの、笑顔が不気味だのと言われてはいるが。この様子であれば、そんな不名誉も少しずつ軌道修正できそうだ。何せ……。
(……大丈夫。あなたはしっかり、幸せな顔もできますもの。でも……ふふ。その笑顔は当分、独り占めでいいかしら?)
欲張りなのは、お互い様。意地悪なのも、お互い様。だけど……寂しがり屋なのは、彼の方みたい。
一緒に生きること、互いに思いやること。そうして続くらしい生活はきっと……気の遠くなる程に長い時間。喧嘩もするかも知れないし、相手が分からなくなることも、1度や2度ではないだろう。それでも。何かと自分を必要としてくれている彼に寄り添っていくのも悪くないと……花嫁はこっそりと決心するのだった。
【おまけ・エンジェライトについて】
独特なスモーキーカラーのこの宝石は、石膏の仲間でありまして。
モース硬度は約3.5、驚きの脆さであります。
劈開性もある上に、水にも弱いと……まぁまぁ、なかなかに繊細な宝石です。
名前から何かと有り難がられる傾向があり、パワーストーンとしてもよく目にしますが……気軽に扱える宝石ではなさそうに思えるのは、作者だけですかね……。
なお、石言葉は「博愛」、「甘い夢」など。
……なんでしょうね。こういう素敵な言葉を並べられると、割れた時のショックが大きそうだと言いますか……。
割れた途端に、あなたの夢もそれまでよ……なんて、言われてしまいそうで。
エンジェライトは淡く清らかな見た目に違わず、とっても繊細。
大切にしてくれない相手から離れていくのは……天使様も世の奥様も一緒なのかも知れません。
【参考作品】
特になし。
ヒースフォート城が発端の人間関係がようやく、消化されました。




