銀河のラピスラズリ(6)
「さて……まず、お2人はリーシャ教がどんな宗教かを、ご存知でしょうか?」
「いいえ、存じません。あ……申し訳ございません、勉強不足で……」
「あぁ、私も詳しくは知らないのです。何せ、普段は神様よりもカミさんの方が、おっかないものですから……」
そんな事をめいめい言うついでに、ホルムズが奥方の恐ろしさに言及して、ちょっと戯けて見せる。そんな彼の様子に、嬉しそうに朗らかに笑ったかと思うと……突然、悲しそうにため息をつきながら、ルトが話の続きをし始めた。
「……リーシャ教はそもそも、特定の神様を信仰する類の宗教ではありません。我らは玄師様の教えを受け継ぎ、宇宙への魂の解放を目指して日々、修行する身なのです。その修行の中でも最終段階にあたるのが加持の祈祷、今まさにクシャマ様……私の姉が行っているものなのです。が……私に言わせれば、それは常軌を逸している苦行としか言いようがありません」
「……苦行?」
「えぇ……まさにその身を削る修行です」
身を削る……それが例え言葉の綾だったとしても、ルトの鎮痛な面持ちから、修行の内容は相当の痛みを伴うものらしい。モーリスが彼の真意を僅かに読み取ると、今度は悔しそうに鼻頭を赤らめながら、ルトが涙声で呟く。
「今の姉はモラム様にいい様に利用されているだけなのです……。と申しますのも、修行に用いられる“拒絶の水”は普通の者は触れる事さえままならぬ、魔境の水。その水への耐性を持つ者のみが聖域に足を踏み入れ、御神体・“銀河のラピスラズリ”と交信する事を許されます。そして、その死を持って魂の解放を実現するのですが……しかし、修行が足りない者が“拒絶の水”に触れれば、忽ち肌は爛れ、焼き尽くされるでしょう。そういう事情もあり、今この寺院内で交信を許されているのは姉のみなのです。ですので……いずれ姉は確実に死に至るものと思われますが、そればかりは彼女も望んでいる事なので、私が口を挟む余地はありません。ですが……加持の祈祷は魂の解放の前段階であると同時に、ちょっとした付随効果がありまして。……モラム様はその付随効果を利用して、色々とよからぬ事をしているのです」
「よからぬ……事?」
「加持者の流した涙は万病に効く、霊薬として絶大な価値を持ちます。まず、モラム様は姉が流した涙と称して……効用も定かではない霊薬を信者に売りつけているのです」
ルトの証言にモラムを始め、彼をやり込めていた一団の袈裟が異様なまでに派手だったのを思い出す、モーリス。きっと、彼らの方がルトよりも僧階が高いだけだろうと思っていたが……どうやら、彼らの衣装は随分と信仰とは程遠い修行の果てに得られたものの様だ。
「更にもう1つ、悪い事に……モラム様は姉の死をも利用して、私腹を肥やそうとしています。……魂の解放は他者のものであろうとも、側で見られただけでも多大な加護を得られるのです。ですから、最期の時の鑑賞権を売り捌くことで、不正にお布施を頂いては……秘密裏にある組織に取り入っているみたいでして……」
そこまで話し尽くすと、いよいよ情けないとばかりにため息をつくルト。おそらく彼は……渦中のクシャマの信仰を汚されているのが、何よりも辛いのだろう。そんな身内の信仰を孤軍奮闘で守ろうとも、人というのは悲しいかな……楽な方に、旨味のある方に流れるのは常というもの。だから部外者にも協力を仰ごうと……彼は単身、警察に飛び出してきたのだ。
(なるほど……ルトさんはグリードの登場にかこつけて、彼らの不正を止めたいんだろう。さて……どうしたものか)
おそらく、今日のところはこのまま追い返されるだけになりそうだが、目の前で悲しそうな顔をしているルトを手助けしたいと、考えを巡らせるモーリス。やっぱりこの場合は……素直に例の怪盗に協力を仰いだ方がいいのかもしれない。




