悪魔に寄り添うエンジェライト(4)
「イテテテッ! こっ、こら、放さんか!」
「……放してもいいですけど、2度と俺達の前に現れないと約束してくれませんかね?」
なけなしの体力に闘争心を上乗せして、突撃したはいいものの。実はそれなりに腕が立つ新郎相手に、鍛錬も訓練もおざなりだった元・警察官が敵うはずもなし。アッサリと天使の矛先を防がれた挙句に、手首を締め上げられたとなっては、騒ぐ以外の打開策さえ見当たらない。
「ラウールさん、そのくらいにしてあげて下さい……そこまでしなくても、いいでしょう?」
「……いいえ? この位しておかないと、この方は分かってくれないと思いますよ? ですので……ほら! 手首をへし折られたくなかったら、お約束して下さい! 金輪際、俺達の周りをウロチョロしないと!」
「ギャっ……い、痛いッ! 痛い……! は、放せ、この……悪魔!」
「……ほぉ……? なるほど? あなたは……ここまでしても、迷惑行為をおやめにならないという事ですか……?」
そうしていよいよ、鼻筋に皺を寄せて怒りの形相を露わにする新郎。歯をギリリと鳴らしては、尚もトマを締め上げようとするが……。
「お願い……もう、やめて下さい……。私、ラウールさんのそんな姿、見たくないです……」
「あっ……えっと、キャロル? ちょ、ちょっと、泣かないで下さい! べっ、別に俺だって、本気で大怪我させようとしていた訳ではなくて、ですね!」
晴れ姿のまま、ポロポロと涙を流し始める新婦の懇願に、新郎が慌ててトマの右手首を開放するが。先程の力加減からするに、本当は大怪我させる気だったのだろうと……トマは手を摩りながら、尚も新郎を睨みつける。
「……とにかく、サッサとお帰りください。これ以上は邪魔しないでくれませんかね」
「迷惑料……」
「はい?」
「迷惑料を寄越せ」
「……あの、すみません。どうして、俺があなたに迷惑料をお支払いしなければならないのですか? これはどう考えても……」
先に襲いかかってきたのがトマ側である以上、彼の行動は正当防衛だろう。しかも、招待されてもいないのに、会場に入り込んでいる時点で建造物侵入罪の成立もあり得る。……これはどちらかというと、迷惑料を請求するのは新郎側のような気がするが……。
「……でしたら、ブキャナン様。こちらを差し上げますから、生活の足しにして下さい」
トマが明らかに無茶な事を言っているのは、新婦も分かっている。それでも、トマの必死な様子に何か思うことがあるのか……寂しそうに目を伏せながら、華奢な首元を優しく彩っていたネックレスを外してトマに手渡した。
「キャロル、何を言っているのですか? いくら何でも……」
「いいのです。……だって、辛いではありませんか。折角の幸せな日なのに、こんなに悲しそうな人がすぐ近くにいるんですよ? ほんの少しの幸せのお裾分けをするくらい……許して下さい」
「はぁぁぁ……仕方ありませんねぇ。分かったよ。君がそれでいいのなら、俺もそれで良しとします。とにかく……そろそろ、行きますよ。ほら、君が楽しみにしていたマリオンさんのショーが始まる頃でしょうし」
「まぁ、大変! でしたら……ふふ。急がなくちゃいけませんね」
胸元のポケットチーフで残った涙を掬いながら、新婦に笑顔が戻った事に胸を撫で下ろす新郎。そうして、職業病なのかは分からないが、去り際にネックレスの解説をご丁寧にも残していく。
「あぁ、因みにそのネックレスですけど。トップの石はサファイアですから、結構なお値段で売れると思いますよ。それと、添えられている石はエンジェライトです。そちらは非常に脆い石ですから、扱いには気をつけて下さい」
「……エンジェライト……?」
「えぇ、エンジェライト。色が天使の羽を連想させるとかで、そんな名前が付けられたようですね」
やや不貞腐れた様子を見せつつも、何だかんだでお仕事には忠実な新郎に手を引かれ。新婦も嬉しそうに彼の手を受け入れては、仲睦まじい様子で去っていく。
その背中をぼんやりと見送っては……ようやく思い出したように、トマは渡された幸せの分け前に視線を落とす。きっと、ドレスとヴェールの繊細なレースのせいもあるのだろう。漆黒の背中と、純白の背中とを見比べながら。天使が齎した温情にも気づいては……ようやく、トマはそれらしい涙を流すのだった。




