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悪魔に寄り添うエンジェライト(3)

 厨房はどこだろう。城の中に侵入するのは、初めてだが……こんなに城が広いだなんて、聞いていない。

 悪いことに、ここロンバルディア城は大陸最大の王城である。無駄に広い上に、どこもかしこも同じ景色に見えてくるのだから、状況は最悪だ。


 なお、ロンバルディア城は居室と軍事設備とで大まかに区画が分けられているが、中身は相当に複雑な構造をしていたりする。そもそもあまりに広大すぎるため、それぞれのエリアに馬車まで配備されていたりするのが、ロンバルディア城という馬鹿げた規模の建築物の特徴でもあった。

 肝心の構造はといえば、国王を始めとする王族が住んでいる中央部を守る形で、グルリと他の設備が配置されており、正門と裏門近くには騎士団が駐屯している居館が聳え、中庭に見せかけた訓練場が広がっている。陸軍と空軍とで暮らしているエリアは異なるが、回廊で主要な設備が全て繋がっており、その回廊自体を馬で移動することも可能である。と言うよりかは……馬にでも頼らなければ、移動だけでも日が暮れる、と言った方が正しいか。

 そして、今回の目的地であるが……王族以外の者は食堂で食事を摂る事もあり、一般的な厨房はトマが歩いている場所とは違うエリアにある。王族専用の厨房もあるにはあるが、そちらは中央部の居住エリアに位置しているため、()()()のないトマが辿り着けるはずもなく。それ以前に、流石に見張りが常に立っているのだから、侵入はほぼほぼ不可能だ。

 尚、さっき彼が腹に流し込んだトレトゥール(惣菜)はケータリングで用意されたもので、食器類は王族専用の厨房からあらかじめ運ばれていたものである。1本目のフォーク(戦利品)は難なく手に入れられたとしても、利用していない残りは重要警備区域にあるため、トマの咄嗟の悪巧みは最初から成功しようがないものだった。


(くそっ……どこもかしこも、広すぎて分からん。……仕方ない、ここは戻るか……)


 そうして、ベストの上からお宝があることを確認して、ホゥと息を吐く。未だに見つかっていないから、良いものの。こうも綺麗すぎる城内では、彼の出立ちは確実に()()()()するだろう。今更ながらにそんな事も気付いては、ようやく慌て始めるトマ。兎にも角にも、収穫はあったのだから良しとしようか。


「あら……? どうされました? もしかして、迷われています?」

「えっ?」


 しかし、諦めて帰ろうとしたトマの背中にお節介な声が掛けられる。きっと、この城では迷子は珍しくないのだろうが……その声色が妙に聞き覚えがある気もして、トマは振り向くのを躊躇せざるを得ない。


「……キャロル、どうしました?」

「こちらの方、迷っていらっしゃるのだと思います……。ロンバルディア城は広いですから……」

「ふむ? そういう事ですか? でしたら、えぇと……どちらに行かれようとしています?」

「さっ、皿を戻しに厨房へ……」


 手元に残したままの皿を理由に、目的地を呟けば。幸か不幸か、あまりに変わり果てた様相に、彼らはトマの素性は気づかない様子。……それもそうだろう。トマ自身はあまり自覚できていないが、かつての贅沢ができなくなった彼の体は急激に窶れ、一回り小さくなっている。それに……髭も髪も白髪が増えて、整える余裕さえないのだから、風貌も同一人物には思えない程に変わり果てていた。


「そうでしたか。でしたら……そちらの皿、預かりますよ? 片付ける先は一緒なのでしょうし、向こうで返してしまった方が手っ取り早い。それと……迷っていらっしゃるのでしたっけ? 帰り道は分かりますか?」

「……」


 そこまで言われて、意を決して振り向いてみれば。そこにはいよいよご登場の準備ができたらしい憎い元凶と、ウェディングドレスに身を包んだ田舎娘が立っている。2人とも心配そうな表情を浮かべているが、新婦のウェディングドレスと対照的なブラックタキシードをピシリと着込んだ新郎の姿は、どこかの悪魔(怪盗紳士)を思い起こさせるようで……トマは目眩がする錯覚に陥っていた。

 ……向こうは気づかなくても、こちらは忘れたくとも忘れられるはずもない。そうして、大人しく皿だけ預ければ良いものを。沸々と込み上げてきた怒りと混乱とで、トマの中の何かがフツと途切れた。


 そうだ。こいつらのせいで、自分はこんなにも惨めな思いをしているんだ。

 そうだ。こいつらのせいで……自分はこんなにも落ちぶれてしまったんだ。

 そうだ。こいつらが……こいつらが……!


「……お前が、私の言うことを聞いていれば……こんな事にはならなかったのに……!」

「おや……? もしかして……あなた、ブキャナン様ですか?」

「えっ?」


 新郎の意外な推量に、思わず驚きの声を上げる新婦。そうして目の前の人物が、自分も知っている元・警視だと気づくと……トマが醸し出す狂気に、いよいよ悲しそうな顔をし始めた。


「……あなたを招待した覚えはありませんが……。折角の大切な日に、揉め事を拵えるのもつまらない。……勝手に入ってきたことは不問にしますから、そちらの皿を返してください。そうそう、出口はあちらですよ?」

「何を、ふざけた事を! こうなったら……お前だけでも、地獄に送ってやる……!」

「……俺はふざけた事は何1つ、言っていないと思いますけど……」


 第一、予てから付き纏われるのは迷惑だと散々、申し上げていただろうに。しかし、恨みと妬みに凝り固まったトマはそんな当たり前の判断基準すら、既に持ち合わせていない。ベストのポケットに仕舞い込んでいた()()()を咄嗟に取り出しては、八つ当たりの矛先を新郎に向け始めた。

 曇り1つない、磨き抜かれた得物。本来は甘美な食卓を演出する道具であるはずのそれは……今や、ちょっとした武器になりつつある。そうして悪魔を討伐するのに、銀はお誂え向きと……思わず握りしめた天使が笑ったようにも見えて。トマはとうとう一線を越えようと、なけなしの体力で走り出した。

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