シンセティック・カプリッチョ(19)
「……今度はラブラドライトですか? あんなにダイヤに固執していたのに。……まぁ、あなたが移り気なのは、今に始まったことでもないですか。お名前通り、どうせ風任せなのでしょう?」
「あら、心外ですこと。一応はこれでも、それなりに計画はありますわ」
注文されていたラブラドライト……別名・スペクトロライトの試作品を手渡しては、嫌味の1つや2つも言いたくなると、ヴァンはレディ・ニュアジュに応じるが。彼とて、彼女の方向転換が気まぐれではないことくらいは勘づいている。
(……おそらく、オルロフの苗床はある程度、確保できたということなのだろう。だとすると……今度は誰の番かな?)
見せたいものがあるの……と、いつになくウキウキしている淑女の背中を追いながら、そういう事かと俄かに納得するヴァン。おそらく、ご主人様は彼女にこそご褒美を用意する事にしたのだろう。レディ・ニュアジュ……表舞台ではミュレットと名乗っている彼女は、紛れもなくこちら側の存在である。月長石ナンバー4。それが彼女の正式名称であり、ご主人様が生まれた時から彼に付き添ってきた、古株のカケラでもあった。
「ふふ。最近、苗床として質のいい素材を集めていましてね」
「質のいい……素材、ですか?」
ムーンストーンと同じ長石の仲間でありながら、ニュアジュは恋人ゴッコが通用する相手ではない。他の月長石達の殆どが愛玩用として作られていたのに対し、彼女は根っからの実力主義を許される暗殺者。劈開性を内包する脆さを、高い性質量で補ってきた異例の存在でもあった。
しかし、その思想も極めて凶暴。表面では淑やかな女性を演じているものの……彼女が「坊っちゃん」と慕うご主人様のためなら、手を人間の血で染めることは平気でやってのける。そして、早期に作られたカケラの例に漏れず、人間への嫌悪感は並々ならぬものがあった。
「見てごらんなさいな。この素材達はみんな、適性持ちの素晴らしい苗床ですの。ご主人様が私のために核石を作って良いと、言ってくださってね」
「なるほど? それで、今回は特別素材を寄越してきたのですか。……全く、初めての素材なものですから、合成に苦労しましたよ?」
「そうでしたの? でも……ここまで仕上げてくるのですから、見事ですわね。引き続きお願いしますよ」
引き続きのお仕事は願い下げだと、心の中で唾を吐きつつ。うっとりと嬉しそうな横顔を尻目に、ヴァンも意を決して、鉄格子の向こう側に閉じ込められた苗床達を見つめるが……。その中に捨て置けない顔があるのにも、すぐに気付く。まさか、あの子は……?
「……レディ・ニュアジュ」
「何かしら?」
「よければ、1人だけ僕に譲ってくれませんか?」
「あら、どうして?」
「実は、例の王子様からお仕事を頂けるまでに親しくなったのですけど……副業が意外と忙しいものですから。そろそろ、助手が欲しいのです」
「そういう事? 分かりましたわ。これだけいるのですもの。1人くらい差し上げても、よろしくてよ」
ありがとうございます……なんて、白々しく言いながら、ふぅむと悩むフリをするヴァン。そうして、終始俯いては元気も気力もなさそうな子供達の中から、選り抜きの相手を指名する。
「でしたら、あそこにいる男の子がいいな。……何かと、同性の方が生活もしやすい」
「そ? だったら……ちょっと待っていて頂戴」
常々、ヴァンを見下しているニュアジュは、彼の真意を知ろうともしない。そうして、事もなげにカードキーを差し込んで清潔なだけの檻の中から、半ば強引に、狙い通りの少年を引き上げてきた。
「え、えっと……」
「初めまして。僕はヴァンって言うんだけど。気軽にヴァン兄って呼んでくれて、構わないよ」
「は、はい……」
明らかに戸惑ってはいるが、彼は相当に聡い子供でもあるらしい。それなりに空気を読んでは、余計なことは言うまいと……お仕着せのシャツをギュッと握りしめている。
「……君、お名前は?」
「サムって言います……」
「……そっか。うんうん。悪いんだけど、サムには僕の仕事を手伝って欲しいんだよ。頼めるかな」
「うん……大丈夫、だと思う……」
「それじゃぁ、決まり。これからはちょっと覚えてもらうことが多くて、大変だろうけど……まぁ、それなりに楽しいと思うよ。それに……サムとは上手くやっていける気がする」
「……!」
いつかの食卓で言ってしまっては後悔した言葉を、まるで仕返しと笑顔で言い放つヴァンに……サムは今更ながら、申し訳ない気分を噛み締める。「ごめんなさい」の代わりに、小さく「よろしくお願いします」と折り目正しく呟いて。これからは怯えながら仕事をしなくて済みそうだと、サムは安心すると同時に、やっぱり泣いてしまいそうになるのだった。




