シンセティック・カプリッチョ(18)
ローサンの寂れた街角に佇む、荒屋。辛うじて雨を凌げる粗末な家に、1人の女が帰宅するものの。彼女の表情はあまり思わしくない。
それもそうだろう。昨晩の記憶はあまりないが、それでも、喪失感と失望だけは確かに残っていて。しかも、自分がとんでもないものを売り飛ばしてしまった事に気づいては、草臥れた椅子に茫然自失と腰を下ろす。
(私は本物として、認められなかった……。それもこれも……)
はてさて。一体、誰のせいだと言うのだろう?
サムを売り飛ばした銀貨5枚で目一杯おめかししても、お目当てのグリードは彼女に一瞥さえもくれなかった。しかも、彼の質問に対してここぞとばかりに一生懸命手を挙げたところで、彼は彼女を見染めるどころか……雑多な参加者達ごと叩き落とす始末。
(何よ、何よ! あのルビーが合成石だって分かっていたら、私だってそう答えていたわ!)
今度は怪盗紳士様のやり口にプリプリと怒り出すものの……特段、クリムゾンはあらかじめ答えを教えられていたわけではない。クリムゾンが導き出した「合成石」という答えは、彼女自身の知識によって捻られたものである。答えを導き出させない「無価値な偽物」では、「価値は認められる合成石」まで辿り着くことさえできないだろう。そして、やはり……「希少な本物」は、内面から滲み出るインパクトも違うものである。
それなのに……そんな事さえ分かろうとしない彼女がする事と言えば、精一杯の言い訳をして自尊心を保つことだけ。そこには後悔はあっても、反省はない。
(それにしても……これから、どうしよう……)
生活費以上に、遊ぶ金欲しさでサムに掏摸をさせていたが。当然ながら、彼はもうここにはいない。更に、自分こそが本物と認められると信じて疑わなかった彼女にとって、昨晩の落第は想定外でしかなかった。だからこそ、売上金を全て衣装代に注ぎ込んだというのに。しかし、手元に残ったのは……着ていく場所もない、妙に格調高いコスチュームプレイ衣装のみ。下取りに出してみたところで、全額戻ってくるわけでもなし。よくて3分の1を取り戻せる程度だろう。
No use crying over sold off the son、後悔先に立たず。売り飛ばした息子は絶対に戻ってこない。何せ、彼女もよく知っている。サムが引き取られた本当の理由が、養子縁組ではない事くらい。だからこそ……彼女は途方に暮れては、熱を注ぎつつある朝日を恨めしく見つめることしかできない。
***
(昨晩のコンテストは中々に、素敵な話題を提供できたようですね。……思い通りに運んで、何よりです)
手元に添えられたアイスコーヒーのグラスを傾けながら、朝刊に目を通せば。そこには狙い通りに自分達の写真が堂々と掲載されており、グリードの実年齢が結構お高めであると、事実を存分に振り撒いてくれている。しかも、ご丁寧にクリムゾンは絶世の美女だったとエミル・ダスマン氏の証言まで添えられているのだから……歴然の差が生み出す敗北に懲りて、変な偽物も湧いてこないだろうと、ラウールとしても結果は上々である。
「ただいま〜」
「おや、お帰りなさい、イノセントにジェームズ。……あぁ、もうこんなに日が高く昇っているではないですか。暑かったでしょう? 冷却庫にアイスクリームがありますので、キャロルに出してもらって下さい」
「アイスクリンがあるのか⁉︎」
「えぇ、ありますよ? 先日、トレトゥールを買った際に一緒に仕入れておきました」
ミルク味ですから、ジェームズも大丈夫だと思います……と、更なる良い知らせを差し上げれば。舌をダラリンと出して、ハヒハヒと息をしていたジェームズも嬉しそうに尻尾を振るのだから、犬はやはり素直でよろしいとラウールのご機嫌も麗しい。
「すみませ〜ん、書留で〜す」
「おや? はいはい、ただいま。……ふむ? 書留ですか……あぁ、なるほど。いよいよ結果が出ましたかね」
ジェームズとイノセントが2階に引き上げて行った後にやってきたのは、お客様ならぬ、郵便配達員。彼が差し出したちょっぴり重厚な雰囲気の封書を認めては、こちらの結果も上々だったらしいと……受け取り証に意気揚々とサインを走らせる。
「はい、確かに。それでは、失礼致します」
「えぇ、ご苦労様でした」
差し出し元住所が「1*ブルヴァール96001、ヴランティオ」となっている時点で、出所がかの有名な宝石鑑定士アカデミアであることは、一目瞭然。しかも不合格通知だけであれば、書留である必要はないし、何より封筒がこんなに分厚くなる要因もない。だとすると……。
(中身はライセンスカードと、鑑別書台帳でしょうかね。……どれ、折角です。ここは店番を切り上げて、俺も一緒に朝食を頂きましょうか……)
丁度、コーヒーも飲み切ってしまったし。空になったグラスをぶら下げては、足取り軽く2階に上がるラウール。
どうせ今日も客は来ない。しかも日差しが強くなりそうだったので、宝飾店自慢の看板鳥はリビングの涼しい所に避難している。そうして、シンと静まり返った店を見渡しては……いつまでも居座る閑古鳥に負けじと、カッコウ時計でも置いてやろうかと考えるラウールだった。




