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シンセティック・カプリッチョ(17)

「こ、このルビーは実はルビーではありませんわ!」

「おや、そうなのですか?」

「えぇ! 間違いありません! これは偽物です!」

「ふ〜ん? でしたら……あなたはどうして、偽物だと判断されたのですか?」

「えっ? えぇと……」


 おやおや。胸を張って偽物と言うのだったら、根拠を示さなければ()()()()にならないだろうに。

 そうして1人が「ルビーは偽物」だと言い始めると、ちっぽけな主張(即席の流行)に乗っかれ、囃せと大騒ぎするのだから……グリードのご機嫌も一気に急下降。非常に麗しくない。


「はい。皆様、落ち着いて。まず……このルビーを偽物だと思われる方は、挙手を願います」

「ハイッ!」

「えぇ、私も偽物だと思います!」

「こっちだって!」


 質問の()()を深く考えることもなく、嘆かわしいかな。その場のほぼ全員が「偽物説」に1票を投じるつもりらしい。更に我こそは目利きだと、口々に騒ぎ立てるが……They are good for absolutely nothing、ここまで棒にも箸にもかからないとなると、ますます興醒めである。


「……お静かに。ではでは、1次選考の結果をお知らせしますね。あっ、お手はそのまま挙げておいてください。まず……こいつを偽物だと手を挙げた方はご退出を。こいつは()()()()偽物ではありません」

「はっ?」

「なん、ですって……?」

「……一応、申し上げておきますと。この泥棒めは賢く、静謐な方が好みです。今回の選考基準はハナから見た目ではありません。候補者の知識と品位を見定めにやって来ただけですので……はい。失格された方はサッサと出ていきなさいな。大して美しくもないクセに、お口だけは元気なのだから。泥棒にしてみれば、あなた達の存在は非常に不愉快です」


 心ない拒絶の言葉と共に、あからさまに鼻筋に皺を寄せては、威嚇の形相を作って見せるが……見た目に()()もあるせいか、鬼気迫る表情に不必要な脅しまで含ませるのだから、タチが悪い。


「ゔっ、そんな……!」

「でしたら、偽物ではないと申し上げればよかったのですか……?」

「愚問ですね。とにかく、ご退出を。不合格者にこれ以上、語ることはございません」


 彼女達がどうしてそこまで「クリムゾンになること」に拘るのかが、グリードには分からないが。尚も食い下がる諦めの悪い落第者達をあしらい切れずに……ここは仕方ないと、実は最初からこちらの様子を伺っているのに気づいていた()()に声を掛ける。何かと目敏い(執拗な)グリードが()()()()()を探し損ねるのは、それこそあり得ないことである。


「あぁ、クリムゾン。そろそろ、こっちに来たらどうです。……全く、君は変に慎み深すぎるのだから、いけない。まぁ……クククク! 君のそんな淑やかなトコロも好きですけれど」

「もぅ……。本当にグリード様は意地悪なのですから……。折角、集まってくださったのに、そんな仰り方をされてはいけませんよ?」

「おや、そうですか? 俺は兎にも角にも、()()()()()は嫌いですよ。それは何も、外見の事を申しているのではありません。身の程を弁えない、()()()()はこの視界に入るのさえ、我慢なりませんね」

「……ですから、そこまで言わなくてもいいでしょうに……。あぁ、分かりました。ここで私をお呼びになるという事は……要するに、そちらのルビーの()()を答えよ、とおっしゃりたいのですね?」


 ご名答。とっても嬉しそうに肩を揺らしては、ようやく自分の隣にやって来たクリムゾンにお答えをどうぞと、ルビーを手渡す。そうして渡されたルビーをスポットライトに透かして……更に、カット具合を入念に見つめ始めるクリムゾン。


「……なるほど……。これ、合成石ですわね?」

「ほぅ。その判断基準は?」

「天然石であるならば、カットは左右非対称なのが普通ですわ。……ルビーは非常に希少な宝石ですもの。左右対称のカットに拘ってしまうと、貴重な輝きを余す事なく生かせなくなるかも知れません。それに……こちらは光の屈折率が見事なまでに均一です。……ルビーやサファイアなどのコランダムは、内包物がある方が普通ですから。天然石でしたら、ここまでクリアな光の進行は許しませんわ」

「クククク……! 大正解。流石、この泥棒めの相棒は出来が違う。……その辺の宝石鑑定士よりも目利きですね」

「あら、そうかしら? ……ウフフ。だといいですけど」


 おぉ、おぉ。なんとまぁ、お熱いこと、お熱いこと。

 半ば2人の世界に浸りながら、グリードが手放しでクリムゾンを褒めれば。美しい金髪を揺らしながら、クリムゾンもべったりとグリードに甘えて見せる。そうされて、ますます嬉しそうにしたついでに……今度はクリムゾンにそっと、グリードが何かを耳打ちしているが……。こんな所で大っぴらに内緒話をして見せるのも、妬けること、この上なきかな。


「ふふ、そうですわね。呆気なく頂戴するのは、忍びありませんわ。……という事で、編集長さん」

「は、はい……」

「こちらはお返しいたしますわ。それと……改めて、あなた様のお名前をお伺いしても?」

「えっ? はっ、はい! 私はブランシェ編集長のエミル・ダスマンと申します……」

「そう。でしたら……ミスター・ダスマン。先程は主人が大変な失礼を致しまして、申し訳ございませんでした。あれで、彼に悪気はないのです。ただ……ちょっと、気まぐれに意地悪をしただけだと思います」

「……クリムゾン、別にフォローはいりません。サッサとご用件を済ませてしまいなさいな」

「はぁい。ただいま」


 グリードの不機嫌を他所に、間近で()()のクリムゾンに素敵な視線を頂いて……忽ち、クラクラと彼女の虜になり始める編集長・エミル。ちょっぴり薄くなった頭頂部を思い出したように整えながら、彼女のご用件を全身全霊でお受けしましょうと、いそいそと居住まいを正す。


「そ、それで……私に、どんなご用件が?」

「うふふ。こちらのルビーに関しては、そのうち()()()させて下さいましね。……だって、今回は主人が勝手に()()()()にしてしまったのですもの。私としては、張り合いがありませんわ。ふふ。……次は私から、熱〜い予告状をお出しいたしましょう」

「それは本当ですか⁉︎ かっ、かしこまりました! もちろん、喜んでこちらはお預かりしておきますッ!」


 予告状に舞い上がるのも、大概だが。この場合、「お預かりしておく」のはどこまでも筋違いというもの。

 そんなエミルに内心でいよいよ、呆れつつも。彼の背後からクリムゾンをマジマジと見つめれば……編集長が舞い上がるのも仕方ないのかも知れないと、ルセデスは思い始めていた。

 真っ赤な瞳に、真っ赤なルージュ。噂では赤毛だと言われていたが、実際のクリムゾンは金髪の美女らしい。素顔は仮面で隠され、衣装の露出度も非常に控えめだが。そのシルエットはどこを見ても、完璧そのもの。スラリと伸びた脚線美に、キュッと引き締まったウェスト。タイトなシルエットの中に、しっかりとメリハリを利かせた佇まいを前にすれば……先程まで彼女になり切ろうとしていた数多の女性達の存在感など、けし粒程にも残らない。


「……コホンッ! そろそろ、いいですか? ……帰りますよ、クリムゾン」

「承知いたしました。それでは……皆様、ご機嫌よう。またお会いできる日を……楽しみにしておりますわ」


 間近で見るクリムゾンに、男性諸君が見惚れていると……きっと、紳士様方の舞い上がり方が不愉快だったのだろう。わざとらしい咳払いで、グリードが()()()を促せば。真っ赤なルージュのぷっくりとした唇でとびっきりのスマイルを作りつつ……お餞別とばかりに、素早く腰のショットガンを天井に打ち込むクリムゾン。

 今宵、泥棒コンビが皆様に提供致しまするは。本物として舞う優雅な円舞曲(ロンド)ではなく、偽物として叩き落とされた惨めな狂想曲(カプリッチョ)。そして朧げになっていく意識に残る、連れない子守唄(ララバイ)。いい子も、悪い子も。みんな一緒におやすみと……皆様の()()を見届けて。泥棒2人はひっそりと、その場を後にするのだった。

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