シンセティック・カプリッチョ(16)
今宵は満月。お気に入りの様式美に酔いながら、グリードは今は離れ離れになっている相棒に想いを馳せつつ……面白そうにオーディション会場を遠巻きに見つめていた。クリムゾンには予告状の中身についてのみ説明してあり、オーディションの選考基準は伝えていない。そして……クリムゾンもグリードにとって都合の良い方に選考基準を判断し損ねては、オーディション会場に紛れ込もうと別行動を取っていた。
(クククク……今更、美しさを競わせたところで、クリムゾン以上の相棒は見つからないでしょう。何せ……)
グリードの相棒を務めるには、美しさ以上に品格と教養が必要だ。特殊なターゲット専門の宝石泥棒である以上、知識は勿論のこと、泥棒が故に逃げ回るための機転や身体能力も要求される。無闇に逃げ回らなくて済むように頭を働かせるのも、有効な手段であろうが……そちらの方法を採択する場合は、それなりに賢くないといけない。その上、彼と同じように気取った佇まいも装わなければならないし、気難しい猛獣の平静を保つ配慮も必須。……グリードのご機嫌を損ねるだけならいざ知らず、その不機嫌をリカバーできなければ、非常に面倒なことになる。
なので……ここまでくると寧ろ、クリムゾンの方が無理難題だらけのグリードによく付き合ってやっていると言った方が正しい。
(……本当に、偽物さん達は馬鹿揃いで反吐が出そうですね。俺がただのお飾りを欲しがる訳がないでしょうに)
にも関わらず、ちょっと予告状(オーディションのお知らせ)を出しただけで、会場に詰め掛ける身の程知らずの多いこと、多いこと。ルセデスも言っていた通り、冗談抜きで流行っているらしい「クリムゾン風」の衣装に身を纏い、会場に押し寄せる彼女達に鼻白みながら。そろそろ、出番でしょうかねと……腰を浮かせる。
(ま、俺はあくまで審査員であり、脇役です。さてさて……皆様。お手並み拝見と、参りましょう)
***
煌びやかな舞台の上で、やれ場所を譲れだの、やれ自分が一番だのと……自己主張に余念がないご婦人方に揉まれては。クリムゾンは本物であるのにも関わらず、ステージの隅っこにポツンと控えていた。それでなくても、今宵はグリードから「変装」するように言われていることもあり、自慢の赤毛はお休み中である。ここぞと美しいブロンドをスポットライトに靡かせようとも……こうも混雑していると、なかなかに中央に躍り出ることもできない。
(……もぅ、グリード様は本当に意地悪なのですから……! 私がこういうのが苦手なことくらい、よくご存知のはずなのに……)
ちょっぴり不満げに考えながらも、怪盗紳士の茶目っ気に振り回されている主催者側の方がいよいよ可哀想だと、クリムゾンは人知れず肩を竦めてしまう。そもそも、一般公募はこの惨状が理由で却下されていたはず。それなのに、わざわざ彼らの懸念事項をぶり返す内容で予告状を出すのだから、これは明らかに主催者のブランシェ陣営への意地悪に他ならない。そして、おそらく……。
(……きっと、目眩しの意味もあるのでしょうね……)
The best place to hide a leaf is in a forest……葉を隠すのなら、森の中。そして、もしその森がないのなら。いっその事、育ててしまえばいい。
普段は悪夢の当て逃げか、「必殺・モーリス兄さんのフリ」が彼の逃走手段の定番ではあるものの。相棒も一緒にドロンしようとするのであれば、人混みを作ってしまうのも方策としては一興である。
「おやおや……皆様、お揃いでいらっしゃいますか? クククク……今宵は泥棒めのお遊びにお付き合い頂き、光栄ですよ。しかし……些か、人数が多すぎますねぇ……。これでは、素敵なレディを選び抜くのも一苦労というものです」
参加者達の整理に精を出しているブランシェ陣営の苦労さえも、どこ吹く風と煙のように現れて。ニヤニヤと嫌味ったらしい笑顔で進行役を買って出たるは、ロマンスグレーの怪盗紳士その人。今夜は変装なしで参りました……と、わざわざ注釈を入れつつ、渋いダンディズムを醸し出している様はなかなかに魅力的な風貌である。
「グリード様! ほら、私よ、私! クリムゾンですわ!」
「ちょっと待ちなさいよ! 私が本物のクリムゾンよ!」
「……あなた達、誰です? 間違いなく、初対面な気がしますけど……。まぁ、いいでしょう。今夜はそのためのオーディションでもあるのです。……クククク。これ以上はこちらの皆様にご迷惑をお掛けするのも忍びない。偽物はまとめて、サッサと篩にかけてしまいましょうかね」
「えっ?」
「それは、どういう意味ですの……?」
あれ程までに騒然としていた会場を静めては、嬉しそうにステージの裾に移動するグリード。そうして、とある人物を探して、まずはネタを頂戴とお願いし始める。
「えぇと……こちらのブランシェ、でしたっけ? そちら様で1番偉い方はどちらでしょうかね?」
「あ、えっと……私だが。ブランシェ編集長の……」
「名前は結構です。……覚える気もありませんから。で? 編集長さん」
「は、はい……」
名乗ろうとした編集長の自己紹介をスパリと切り捨てては、ニヤリと不気味に笑うグリード。そうして、まずは出演料を頂きましょうと、失礼極まりないついでに報酬をせびり出した。
「クリムゾンは今宵、あなた達の特大ルビーを狙っておりましてね。ですけど……この泥棒めも、ルビーを始めとする宝石には目がないものですから。少々、そのまま相棒にやるには惜しい。ですので……ククク。まずは、俺が頂く事にしました」
「は、はい?」
はてさて、これは悪夢か出来の悪い現実か。ブランシェ秘蔵のルビーが、いつの間にかグリードの指先に収まっている。そうして、編集長が慌ててルビーを保管していたケースを開けるが……ものの見事に空っぽになっているのだから、彼の手にあるのが参加賞であることは明白だった。
「い、いつの間に……」
「おや、あなた様はこの泥棒めを何だと思っていらっしゃる。……どんな宝石も、どんな探し物も盗み出す、噂の大泥棒ですよ? この位は朝飯前……あぁ、違いますね。時間帯的にお夜食前、ですか?」
「これが怪盗紳士の手際……! 見事だ……!」
「お褒め頂き、光栄ですね。しかし……お願いですから、怪盗紳士なんて気色の悪い呼び方はしないでください。……泥棒は本当の紳士がすることじゃぁ、ありませんから」
いつも通りに「怪盗紳士」と呼ばれることを否定しながら、今度は訝しげに手元のルビーを見つめて、首を傾げるグリード。そうして、みるみるうちに不機嫌な顔をして見せるではないか。
「……なんと言いますか……フン。なるほど? そういう事ですか? ……全く、大口を叩いていた割には大したことありませんね、ブランシェとやらも。いいでしょう、いいでしょう。ここは1つ、皆さんにはこのルビーについて知恵比べをしていただきましょうかね。こいつを見定めて、この泥棒めを満足させるお答えを出せた方を晴れて、相棒として認めて差し上げましょ」
「何を、勝手なことを! それは……」
「こいつは参加賞として、用意してくださったのでしょ? いいじゃないですか。行き先はどうせ、泥棒めか相棒かのポケットの中なのですし」
「それは……そうかも知れないが……」
いや、それは違うだろう。そもそも、盗まれることを前提に宝石を用意する馬鹿がどこにいる。
そんな無茶な提案にやや呆れながらも……編集長の後ろでグリードの動向をルセデスも注意深く見つめているが。彼にしてみても、ルビーの行く先はどうでもいい。この場で最も重要なのは、目の前の彼が自分の知る人物かどうか。……その一点に尽きる。




