銀河のラピスラズリ(5)
「……ルト。これは一体、どういう事だ⁉︎ あろう事か、部外者に協力を仰ぐなんて、恥を知れッ!」
「し、しかし、モラム様! 今回ばかりは、そうは言ってられません! 相手はあの怪盗・グリードですよ⁉︎ 我らの手に負える相手では、とても……!」
「うるさいッ、この大馬鹿者が! 大体、その怪盗を今まで散々取り逃してきた警察如きが今更、なんの役に立つ⁉︎ いいから、足手纏いにはお引き取りいただけ! 今回も我らだけでクシャマ様をお守りするぞ!」
予告状が持ち込まれてから、3日後。依頼主のルトに連れられて、リーシャ真教総本山・アッティヤ寺院にようやく辿り着くものの……何やら、教団の中では方針が固まっていなかったらしい。ホルムズとモーリスが長旅の末に目にしたのは、一方的に大勢の僧達にやり込められる、ルトの姿だった。
「と、とにかく……警察の皆様にもご協力いただいた方が私はいいと思います! 特に……クシャマ様は今、加持の祈祷中ではないですか! 少しでも、不安を軽くして差し上げたほうが……」
「お前はワシの言うことが聞けんのかッ⁉︎ いくらクシャマ様の弟とは言え、これ以上出しゃばった真似は許さんぞ⁉︎」
一団の中でもおそらく、僧階が高いのだろう。モラムと呼ばれた一際豪奢な袈裟を纏った僧の一喝に……とうとう何かを諦めたように、ルトがため息をついてモーリス達の元に逃げ帰ってくる。
「……申し訳ございません。私が話を通していなかったばっかりに、不愉快な思いをさせてしまいまして……」
「い、いいえ……それは構わないのですが。しかし、今回のグリードの狙いは“銀河のラピスラズリ”……決して、人攫いではありませんよ?」
「えぇ、そうでしたね。実は少々……深い事情がありまして。……そうだ。折角ですから、お茶をご用意いたしましょう。長旅でお疲れのお体を休めるついでに……私の独り言を、聞いては頂けないでしょうか……」
そうして力なく応接間に案内する道すがら、余程の悩みがあるらしいルトが尚も彼らを引き留めにかかる。そんないかにも訳ありな様子に……互いに頷く、ホルムズとモーリス。どうやら、この教団はお宝以外にも、余程の事情を隠し持っているようだ。
「……お茶をご準備しますね。ここは山の裾とは言え、少々寒い。まずはお体を温めてください」
ルトの前に鎮座するのは、何やら窪みの真ん中が凸状になった奇妙な盆。そんな盆の中央に乗せられた茶器に、いそいそとお茶を用意し始めるルトだが、お茶の点前には一種のお作法があるらしい。ルトは手慣れた様子で、注がれたばかりのお茶を事もなげに手前の深鉢に流し込み……数回に渡って複数の茶器に注ぎ直し始める。そうして何やら細長い筒状の茶器の香りを振りまいた後に、茶碗の方をいよいよ2人に差し出すが……そうして出されたお茶は、今までに体感した事のない、香ばしさと苦味とを持ち合わせていた。
「こ、これは……?」
「えぇ、これはルーオン茶……オリエント原産のお茶です。餅茶と呼ばれる圧縮された状態で保管されていますので、お茶をほぐすのに少々コツがいるんです。淹れるのに手間がかかりますが……薬効も非常に高いため、我々には日常的にこのお茶を嗜む習慣があるのです」
そこまで説明して、お茶の香りに自身も多少リラックスしたのだろう。ようやく僅かばかりの笑顔を見せると、人目を憚るように小声で事と次第を説明し始めるルト。彼の切々とした語り口調は穏やかな表情とは裏腹に、どこか草臥れてしまった雰囲気の……確かな焦燥を帯びていた。




