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シンセティック・カプリッチョ(13)

 前回のように壁にクレーターを拵えるような、乱暴はしないものの。まさか、年端も行かない少年にまで嫉妬するなんて、クリムゾンにしてみれば想定外もいいところだ。しかし、ここは何よりも彼の不興を宥めるのが先決。そうして虎のご機嫌と空気感とを読むのがお上手な猛獣使いは、少年にちょっぴり申し訳なさそうに目配せをすると……いそいそと彼の隣に移動する。


「……お利口です、クリムゾン。前回の約束を、()()()()は覚えていたようですね」

「はい……。勝手なことを致しまして申し訳ありません、グリード様」


 勝手に飛び出さない約束したことを忘れたのは、明らかにクリムゾン側の不手際だ。その上で、()()()と出歩くのは許さないと、身勝手なりにも明言されていた手前、彼女もこの顛末が自分の失態なのも理解している。しかし、何も未成年の相手まで対象に含めなくてもいいだろうに。これだから……つくづく、()()はどこまでも面倒臭い。


「……ほ、本物? もしかして、あなたが怪盗紳士……グリード?」

「本物……ですか? ふむ、いかにも俺はグリードという()()ですけど。……まぁ、世間様には怪盗紳士等と呼ばれてはいますがね。所詮は泥棒……犯罪者でしかありませんよ。それはそうと……この子は誰ですか、クリムゾン。まさか、君の隠し子ではないでしょうね?」

「そんな訳、ないでしょう! 大体、あなたの方がよっぽど浮気性ではありませんか! 昨年だって……私に子供がないからと、これ見よがしに男の子が生まれたと喜んで……! どれだけ、私が傷ついたと思っているのです!」

「おや、それはそれは……失礼しましたね。……クククク。そう。君は嫉妬してくれているのですか。大丈夫ですよ。確かに愛人はおりますが、妻は君だけです。相棒としても、伴侶としても。君以上の相手は、この泥棒めにはおりませんよ」


 猿芝居(大嘘)もいいところだと、互いに内心で呆れてしまうものの。少年にはちょっぴり刺激的過ぎるお熱い様子を見せつけて。クリムゾンは、虎の逆立った漆黒の毛並みが穏やかになったのを見届けては、安堵の吐息を漏らす。


「……あの、僕のこと、覚えていませんか?」

「覚えていませんか……? うむ? 君とはどこかでお会いしましたかね?」

「い、いいえ……初めて会うんだけど……。ママが、僕のパパはグリードだって、言っていたから……」

「……申し訳ありませんが、何かの間違いではないですかね、それ。確かに、俺には子供は12名おりますが、全員の顔はしっかりと覚えておりますし、そもそも……母親達も含めて、定期的に会いに行っておりますよ。それに……」


 自分の子供にそんな惨めな格好はさせませんよ……と、肩を竦めながら大泥棒が少年の着衣に言及する。お下がりを寄せ集めたような、サイズも合っていないどこもかしこもヨレヨレの格好。シャツもズボンもサスペンダーも。どれ1つ、彼のために真っ当に働きましょうと気概を見せる装備はない。


「……そう。……そう、だったのかな。僕……ママに……」


 騙されていたのかな。

 うっすらと分かっていたけど、認めてしまえば生きる気力さえ失いそうな現実。少年にとって、母親の存在は生活の全てだと言っていい。だけど、少年の方がどんなに母親に忠実であろうとも……母親の方は少年に誠実ではなかった。


「あぁ、泣かないで、坊や。えぇと……グリード様」

「……仕方ありませんね。この子が何をして、()()()()に放り込まれたのかは、存じませんが。……ここはとりあえず、逃げるのが先です。君の処遇は後で考えるとして……まぁ、()()()()()でパパと呼ばれるのも、悪くありませんかね?」


 意外や意外、クリムゾンの()()()()()にゴロゴロと喉を鳴らし始めたグリードが、自ら少年を抱き上げてはよしよしと慰め始めるではないか。あまりに予想外の姿に、クリムゾンは面食らってしまうものの。そんな彼の変化は決して嫌いではないと、今度は安堵の笑みではなく、満面の笑みを溢す。


「……その、パパ」

「はい、どうしましたか? ……えぇと、お名前は?」

「サム、です……」

「……でしたら、サム。何かな?」

「あの……僕、この後……どうすればいいんだろう……」

「……そうですね。まずは、こんな所に入らなくて済むようにしなければなりませんか? ……サムさえ良ければ、働き口を紹介しますよ。……子供を働かせるなんて、心苦しいのですけど。生きていく術を身につけるのは、早いに越したこともありませんし」


 とりあえずママの元に帰りましょうねと、優しく少年の背中をグリードが摩ってやれば。きっと、相当に疲れていたのだろう。涙をまだ少し残したままの瞳を閉じて、泥棒の腕の中で少年がスヤスヤと寝息を立て始める。


「ところで……何をそんなに嬉しそうにしているのです、クリムゾン」

「……ふふふ。何だかんだで、あなたは()()にはお優しいのですね」

「別にそういう訳ではありませんが……あぁ。いや、そういう事にしておきましょうか。でなければ、孤児院で()()なんか致しませんし」


 これはきっと、例の養女(イノセント)効果なのだろうと勘繰っては、彼の腕の中を取られた嫉妬心を燃やすこともなく。妙な所で器用に父性を発揮している大泥棒を見上げて……クリムゾンは嬉しい発見にこっそり、彼の()()を軽減させるのだった。

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