シンセティック・カプリッチョ(10)
「あぁ、お帰り。それで……」
「はい、もちろん買えましたよ、夏ブレンド。これで間違いないですか?」
「そうそう、これです、これ。クククク……あぁ、こいつはどんな味と香りがするのでしょうね……!」
ショッキングな出来事は伏せておきつつ。まずはお使いを完遂しましょうと、先に戻っていた店主に、彼が恋焦がれて止まないクロツバメ缶(アーリーサマー限定バージョン)を手渡せば。缶の方はいつものノスタルジックな煉瓦色ではなく、爽やかなミントブルーでおめかしをしていると言うのに……一方のラウールは爽やかとは程遠い、邪悪な笑顔を浮かべ始める。
「……ラウールは笑わない方が本当にいいと思うぞ」
【うむ、ラウール、ブキミ。ウレしさをヒョウゲンしているとイわれても、セットクリョクもないし、ウソとしかオモえない】
「うぐ……。いや、これでも俺なりに喜びを表現しているつもりなのですけど……」
ラウールの笑顔は、悪巧みの表情と共通の仕組み(いわゆる表情筋)で形作られている。しかして、その笑顔は裏稼業をこなしている間に、意図せず染み付いてしまったものであり、過度な言い訳が許されるのなら……純粋に、卑屈な精神が顕在化した結果だと言っていい。
自由を与えられたとしても、頑なに無関心を貫いてきたラウールにとって、周囲を見下して隔離することが最大の防御でもあった。そもそも、生まれた時から誰かと仲良くすることなんて、想定すらしていない。しかし……こうして家族を持つようになって、その想定内では処理できない部分が出てきてしまった。本人もそれをカバーするためには、「優しく微笑む」という「周囲と上手くやっていく」スキルが必要だということも、重々理解はしているのだが……。染み付いた利己的な思想と習性が、すぐに拭えるはずもなし。未だに言葉の鎧も着込んだままで、自身のエゴイズムを軟化させることもできない。
……人間にしても、カケラにしても。人はすぐには変われないものである。
「イノセントも、ジェームズも。ラウールさんを必要以上に虐めちゃダメです。ラウールさんはこれでも、喜んでいるのだと思いますよ。それで……そうそう、ラウールさん」
「……うん?」
「少し、聞きたいことがあるのです。早速、新しいコーヒーを淹れてあげますから、休憩でもいかがですか?」
「あぁぁぁ! 俺の味方はキャロルだけです……! もちろん、喜んで休憩します。しかし……お話って?」
「別に大したことではないのですけど……お出かけ中に、少し気になることがありましたから」
「ふ〜ん?」
気色の悪い調子で口元を緩ませてながらも、キャロルのお話が楽しい内容ではないことくらい、勘だけは鋭いラウールが気づかないはずもない。少しばかり不穏な空気を嗅ぎ取りつつも、今はコーヒーが先だと路線変更も鮮やかに。手元で清めていたオパールのネックレスをショーケースに戻しながら、キャロルのお誘いにそそくさと乗り換えるラウール。
どうせ、今日もマトモな客は来ない。店先で愛想を振り撒く、ヴィオラの仲間という訳ではないだろうに。相変わらず、寂しく鳴く閑古鳥に取り憑かれている店内は、カナリアの歌声が単体でデュエットを披露し続けるのみ。
……カウンターに居座るのが気難しい店主のため、店の雰囲気もなかなかに変われないものである。




