シンセティック・カプリッチョ(8)
「これ……本当に作り物なんですか?」
「こちらはシンセティックと言われるものでして。作り物ではありますが、材料にはそれなりの物を使っているのです、価値的には結構な物ですけど」
「そうなのですね……それにしても、本当に綺麗ですね。しかも、こんなに大粒のルビーともなれば、確かにクリムゾンちゃんも喜んでくれそうです」
ご注文のお品物がご用意できましたのでと……ルセデスをいつぞやのカフェにお誘いすれば。何故かティファニーも一緒に連れ立ってやって来た上に、彼女が抱っこしているチワワがパロマからサスキアにすり替わっている。その様子に何があったのだろうと、訝しんでいると……ラウールの顔に猜疑心がなみなみと浮かんでいるのにも、気づいたのだろう。今度は別の相談事を吹っかけてくるのだから、ラウールとしてはビジネスチャンス以上に嫉妬心を刺激されて、尚も面白くない。
「えぇと、実は……」
「私達、結婚を前提にお付き合いをしておりまして……」
「へぇ〜……左様でしたか?」
「あはは……こんな言い方をすると、怒られてしまいそうなのですけど。……つい先月、パロマが天に召されましてね。その上、僕も仕事で家を空けることも多いものですから。ティファニーにサスキアを預かってもらう事もあって。それで、そのご縁で……」
さり気なく人気モデルを呼び捨てにしながら、ルセデスが恥ずかしそうに結婚指輪のオーダーをしてくるが……その魂胆が図々しいと言うか、呆れると言うか。きっと、彼は婚約者にある程度の大見得を切ったのだろう。「友情価格」での提供を前提に話を進めてくるのだから、非常に厄介だ。
「……分かりましたよ。どうせ、知り合いの誼でお求め易くなるとでも思っていらっしゃるのでしょ。はぁ……これでも高級店なんですけどね、ウチの店。まぁ、いいか。で? 指輪のデザインはどんな雰囲気で考えていらっしゃいます? 素材はゴールド? プラチナ?」
「出来れば、ピンクゴールドとプラチナの2色で作って欲しいのですけど……できますか?」
「フゥン? もちろん可能ですよ。ただ、ピンクゴールドは色味にもよりますが……値切るとそれなりの物しかご用意できなくなりますので、ご予算によってはプラチナ1色の方がいいかも知れませんけど」
「そうなのですか?」
不思議そうに返してくるルセデスに、厳しい現実を教えて差し上げましょうと、ラウールは鼻を鳴らしながら答える。しかしながら、意地悪の内容は宝石商としては真っ当な指摘なので、問題があるのは彼の態度だけだ。
「ピンクゴールドは合金……金と銅を混ぜたものです。意外に思われるかも知れませんが、純金というのは柔らかく傷つきやすいため、合金であるホワイトゴールドやピンクゴールドの方が、日常的に身につけるアクセサリーには向いていますね。しかし一方で、銅は酸化しやすい金属でもありまして。銅の分量が多いとお安くなる上に、ピンクの色味が強くもなるのですが……その分、変色し易くなります。なので、値切ると色味は強くなる一方で、輝きが衰える可能性も増えますよ」
「な、なるほど……」
その契約が永遠の愛になるかどうかは、本人達次第だが。少なくとも便宜上はそうなるらしい「結婚」の証でもある指輪が色褪せてしまうのでは、縁起も見栄えも非常に悪い。
そうして、それも一興とばかりに友情価格頼みのルセデスのオーダーに、ここぞと意趣返しの難癖を吹っかけてみれば。流石に、婚約者を前にして下手に値切れないと観念したのだろう。ルセデスにしては珍しく、すんなりと大枚を叩く決意を固めた様子。婚約指輪のオーダーには最も無難かつ、最も高額になるだろう選択肢を選んでくる。
「でしたら……色褪せもあまりないように、ご用意いただければ……と」
「はい、かしこまりました。詳細なお値段は金の相場もございますし、この場ではすぐに提示できません。メーニャン様にだけ、後ほどお知らせ致します。まぁ、そんなに心配しなくても大丈夫です。一応の友情価格は適用しますし、出世払いはございませんが、分割払いは受け付けますよ」
「本当ですか⁉︎ あはは……情けない話ですけど、意外と物入りでして……」
「何だか、すみません。ラウールさん」
「別にお気になさらず。メーニャン様の無茶振りは、今に始まったことではありませんから。それにこれだけ有名なジャーナリストさんであれば、身元も割れていますしね。……取りっぱぐれもないでしょうし」
きっとこの場にキャロルがいたら、すかさずラウールを嗜めているに違いない。相変わらずの嫌味っぽい調子でそんな事を言い放ち、肩を竦める店主の様子にルセデスも苦笑いをしてしまうものの。それでも、無事に撒き餌と契約とを準備できて、一安心といったところなのだろう。最後は2人で仲良くサスキアの散歩に出かけていく新婚さん(予定)の背中を見送っては……燻った嫉妬以上に、羨望の眼差しをつい、注いでしまうラウールだった。




