銀河のラピスラズリ(4)
食事もそこそこに、手元の本に集中している弟を訝しげに窺いながら……モーリスは殊の外、ラウールの機嫌が良さそうな事にもすぐに気づく。基本的に、ラウールはイタズラをしている時以外は不機嫌そうな顔をしているはずなのだが。……彼が読み耽っている本は、そんなにも面白いものなのだろうか?
「……ラウール。それは一体、何の本なんだ?」
「気になりますか、兄さん」
「うん、とっても気になるよ。だって……普段はハッシュドポテトは塩のみでとか言っているお前が、どういう訳か胡椒も振られているのに、気づかなかったりしたし……」
「……あぁ、本当だ。全く、ソーニャは俺のは胡椒抜きがいいのを把握していないのだから、いけない」
モーリスに指摘されて、ようやく憎々しげに目の前のポテトが黒い粒を纏っている事を認めるラウール。そんなラウールの呟きをしっかりと受け流しつつ、ソーニャがモーリスに事と次第を説明し始めた。
「ラウール様は辛いものが苦手だと聞けば、ちょっと意地悪したくなるのは、当然というものでしょう? それに、折角人が作った食事を上の空でお召し上がりになるとか、どれだけお行儀が悪いんですか」
「食事が上の空なのは、確かに俺が悪いんでしょうけど……にしたって、意地悪したくなるのは、当然なんですか……?」
「もちろんです! まぁ、それはともかく……ラウール様の上機嫌は本の内容如何ではなく、可愛いお友達ができたからみたいですよ? フフフ、お兄ちゃんなんて言われながらあんな風に懐かれれば、流石のラウール様も柔らかくなりますわね」
「可愛いお友達……?」
「別に、そういう訳ではありませんよ。たまたま居合わせた図書館でお探し物があったようでしたので、お助けしたまでです。しかし……学者さんの娘というのは、あぁも過保護にされるものなんですかね? ……何だかんだで、彼女の初めてのお使いが心配になったというメイドと馭者が、しっかりお迎えに来ていて……結局、ついでだからと俺も帰りの足は楽させていただいたのですけれども。……それはともかく、彼女の本も俺の名義で一緒に借りてしまいましたので、2週間後にこの店に返しに来てもらう約束になっています。ですので、小さなレディがやってきた時には、よしなに頼みますよ」
「う、うん……」
そこまで一方的に言い訳をすると、読書の続きをし始める弟の平静さが却って落ち着かない。以前のラウールであれば、相手がどんなに困っていようと、きっと無関係だと軽くあしらっていただろうに。まして……そんな風に再会の機会を残す時点で、彼の判断力が鈍っているようにも思えて……モーリスは一抹の不安を抱く。結局、本の内容も教えてもらえず仕舞いだが、その事以上に小さなお友達がラウールに何を吹き込んだのかが、気になった。




