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シンセティック・カプリッチョ(4)

 “le câlin de Blanc pur”。それがイノセントをイメージした香水(手土産)の商品名らしい。ヴァン曰く、夏の喉を潤すフレッシュレモネード片手に見つめる、風に揺れるラベンダー畑をイメージしたとかで……爽やかな柑橘系の香りに混じって、清らかな芳香がしっかりと漂ってくるのは、見事というより他にない。しかし……ラウールが気にしているのは、無論そこではなくて……。


「いや、香水の出来栄えは非常に良いのでしょうけど……この香りでイノセントをイメージするのは、少々無理があるかと。大体、“純白の抱擁”だなんて。こんな()()()()に、そんな大袈裟な包容力はないように思え……って、イテッ⁉︎」

「何を言う! この清らかで繊細な私に、ぴったりな名前と香りではないか! これだから、ラウールはいけ好かないッ!」

「いきなり人の足を力一杯踏みつける方のどこが、清らかで繊細なのですか……?」

【やれやれ。……このバアイ、どっちもどっちダナ】


 プリンセスご自身がしっかりと香りを気に入ったことと、あまりに仲良しな彼らの寸劇(コント)に安心したようにニコニコしながら、ヴァンが更に申し出る事によると。既に知り合いのブティックへの商品提供も決まっているそうで、まずはこの香水を置いてもらうつもりしい。


「まぁ、それは別に結構ですけど……。そうなると、ヴァン様は本格的に調香師さんの方で稼ぐおつもりなのですね」

「いいや? それなりに稼がなければならないから、()()()()()も一応は継続するつもりだよ。まぁ、あまり褒められたモノじゃないけど。だから、ご入用の事があったら、遠慮なく言って欲しいな。お互いの()()()の組み合わせも、なかなかに相性バッチリだと思うし」

「なるほど? 今日は俺達の()()()()()()もご存知の上で、ご挨拶にお見えになったのですね」


 あまり仲良くしたい相手ではないが、ご本人の言う通り……大泥棒と贋作師の組み合わせは、タイアップをするにも相当な部分で噛み合わせもいい。互いに「善良な皆様にはご迷惑をおかけしない」、「相手の素性を暴露しない」というルールを守れば、まずまず、共闘する相手としても有益な存在だろう。

 そんな事を素早く胸算しながら、早速、ヴァンにお願いしたいことを思いつくラウール。難敵(ルセデス)からのオーダーをこなすついでに、相棒の最終試験も企んでは……まずはお手並み拝見と、ここぞとばかりにヴァンに商談を持ち込んでみる。


「でしたら、ヴァン様にお願いしたいことがあります」

「おや! そうなのかい? ……どんな事かな?」

「実は……少々、厄介な案件がございまして……」


 相変わらず閑古鳥が居座っているのをいいことに、堂々と店内で秘密のお話をし始めるラウール。そうしてオーダーのあらましと、ラウールの注文をふむふむとお伺いしては……ヴァンの方も、これまた面白そうだと2つ返事で乗っかるのだから、2人とも相当に()()()()


「……俺としては断ってしまっても良かったのですけど、彼のお願いは多少聞いてやらないといけない部分がありまして。仕方なしに、宝石を見繕って差し上げる事にしたのです。そしてこの機会に、俺達は大泥棒とは無関係な()()()()()()()であることをアピールしたいと考えています」

「なるほど、ねぇ……。で、僕にマスクを作って欲しいと?」

「えぇ。イザベルさんが使っていたフランシスさんのマスクと同じようなものを、2人分作って欲しいのです。幸いにもクリムゾンはイメージこそ先行していますが、お披露目の際に()()()()はなかったため、実際の容貌までは伝わっていません。まぁ、目撃者の中にはしっかりと赤毛で赤い瞳という事を覚えていた方もいるようですが」


 しかし、逆に言えば……まだ曖昧なままのイメージ像を明確なものに書き換えてやれば、少なくともキャロル=クリムゾンという疑いの目は逸らすことができる。そしてここぞとばかりに、特徴的な赤毛を「本当は金髪なのです」とでもしてやれば。クリムゾンは赤毛の女性という被疑者枠からは、照準を逸らすこともできるだろう。


「ふむふむ……なるほど? だったら、クリムゾン分はありふれた金髪で作ればいいかな。で? グリード分はどんなイメージにすればいい?」

「こちらはロマンスグレーの老紳士でお願いします。一応、公表しているプロフィールはそれなりに()()()()()いることにしてありますし、例のジャーナリストさんにもそれなりの出立ちで対面もしているのですが。でも……どうも、まだ疑われているんですよね。ですから、今回はマスクの()()を公開してしまおうかと」

「はは、そいつはちょっとわざとらしいんじゃないかな? 大丈夫。僕のマスクを使えば、自然に見えること請け合いさ。ハーフマスクの下であろうとも、お爺ちゃん加減がハッキリ分かるように作るよ」

「おや、そういうものですかね? でしたら……えぇ、それでお願いします。で、もう1つのオーダーですけど……」

「大粒ルビーの作成……か。勿論、こっちも大丈夫だよ。それこそ、シンセティックの合成の方が()()だから」


 何でも、ヴァンはヴランヴェルトの鑑定士アカデミアに試験用の合成石を納めているとかで……マスク作り以上にそちらの腕前も信頼できそうだ。

 そうして意外な隣人の助けにより、難題がちょっとしたエンターテインメントに化けそうだと、ようやく気分も浮かせては。先程まで生活はカツカツだと言っていたクセに……お会計は前払いでと、気前よくヴァンに銀貨5枚を渡すラウール。そのあまりの()()()に、王子様は意外とお付き合いする分には()()()()()だと、一方のヴァンは警戒心を少しだけ和らげるのだった。

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