シンセティック・カプリッチョ(3)
(さて、困りましたねぇ……)
困りごとの内容はもちろん、ルセデスが持ってきた難題について、である。彼の疑いの目が曇っていなかったのを考えても、ルセデスはティファニーのお願いに乗っかる形で、こちら側の事情に更に踏み込もうとしているのだ。それでなくても、ラウールとしては予想外のことが多すぎる。
(確かに、俺も相棒をお披露目するつもりで連れ出しましたし、彼女の名前が知れ渡るのは問題ではありません。しかし……手放しで泥棒が人気者になるなんて、思いもしませんでした)
その人気は先代も含めて、結果的には義賊を装っているグリードのネームバリューが幅を利かせている部分はあるだろう。ロンバルディアにおいて、怪盗紳士の暗躍は退屈な日常のスパイスであると同時に、気に入らない貴族をやり込めるヒーローショーでもある。しかし、当のご本人はあまり自身の評価を気にしていないせいか……預かり知らぬ所で問題を起こしていたりするらしい。
【ラウール、ダイジョウブか】
「あぁ、ジェームズ。わざわざ降りてきてくれたのですか? ……イノセントはどうしてます?」
【オトナしく、ジュゾウキにカジりツいている。サイキンのブームは、クリムゾンのニセモノをヒンピョウするコトみたいだな】
「えっ?」
クリムゾンの偽物を……品評? 明らかに不穏なキーワードにラウールが更に困惑していると、思考を途切れさせるように珍しいはずのお客様がやってくる。そうして、一旦1人と1匹に戻ると、仕方なしにいらっしゃいませ……なんて、ないぶっきら棒な挨拶をしてみるが。2人目のお客様もこれまた顔見知りなものだから、今日は運に見放された日なのだと、ラウールは尚も頭を悩まさずにはいられない。
「やぁ、ラウール君! 相変わらず、仏頂面が眩しいね!」
「何ですか、その褒めているようで貶しているような挨拶は。あぁ、そういう事ですか。早速、フランシス様のお見舞いにいらっしゃっていたのですね?」
もちろんそれもあるけれど……と、ラウールと対照的なまでに朗らかな笑顔と芳香を振り撒くのは、ヴァン。アメトリンの同類である。しかし、彼のご用件は決して、お見舞いついでに遊びに来た……という訳ではないようだ。
「実は、フランシス様の事もあって、ロンバルディアに越してきたんだ。今日は引っ越しの報告と、ご近所さんに挨拶に来たんだよ」
「ご近所さん……ですか? はて、ヴァン様。それは一体……どういう意味でしょう?」
「そのままの意味さ。知り合いの伝で、同じ通りに香水のお店を構える事になってね。一応、知り合いってことで、お伝えしておいた方がいいかなと思って」
「さ、左様でしたか……」
尚、ロンバルディアでは引越ししたからといって、挨拶回りをすることは決してない。治安はそこまで悪くないものの、不特定多数の相手と接触を持つことはトラブルに見舞われることもあるため、ご近所さんであろうとも、不用意な接触を避ける傾向がある。それが例え、同じアパルトマンに住んでいる住人だったとしても、事情は変わらない。そのため、ヴァンのご挨拶は顔見知りの暴挙であると同時に、彼側がこちらとのコネクションを保ちたいが故のサービスなのだろうと考える一方で……何か裏がありそうだと、ラウールは過剰な警戒心も忘れられないのだった。
「そうそう、イノセントさんはいますか?」
「えぇ、おりますよ。2階でテレビ受像機に夢中になっています」
「なんと! やっぱり王子様のお店は違いますね。高級品のテレビ受像機があるなんて……」
「……一応、申しておきますが。これで生活はカツカツですよ? 見ての通り、客入りが寂しい店ですし。売り上げは大してありません」
【ラウール、おカネない。ついでにカイショウもない。キャロルにプロポーズ、ホリュウにされてる】
金なし、甲斐性なし、おまけに意中の相手から素敵なお返事も貰えない。テレビ受像機の代金だって、実際にはキャロルのへそくり(レユール効果)から捻出されている。この現実のどこに王子様らしさがあると言うのだろう。
「あはは! そう、そうなんだね、ジェームズ君。……ふふ、王子様も色々と苦労されていますね」
「とりあえず、何でもいいですから、王子様はやめて下さい。不愉快なこと、この上ありません。それと……ジェームズ。無駄な暴露は程々にして、イノセントを呼んで来て。ヴァン様は彼女にご用事があるようです」
【ウム? ジェームズ、ウソはイってないぞ? ……まぁ、いいか。スコし、マってろ】
店主のお願いを素直に聞いて、テテテッと軽やかに階段を駆け上がって行く看板犬。その後ろ姿を見送りつつ、ラウールは気分と一緒に眉間を揉んでいる。昼下がりはあいにくの曇天なり。そんな曇り空になり始めた1日は、しっかりと気苦労が絶えない日なのだと、まだ昼なのに疲れた様子で息を吐いては……ラウールは早々に、今日という1日は素敵になりそうにないと、諦めるのだった。




