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シンセティック・カプリッチョ(1)

「そろそろ、試験開始の時間かな……」


 長いようで短かった、半年の講義を無事に乗り越えて。いよいよキャロルの試験日ともなれば、自分はパスしているのにも関わらず、ラウールは朝から気が気ではない。開店準備を進めようにも、どこか気もそぞろである。


(筆記試験の傾向も伝えてありますし、各種道具の使い方の最終確認もしました。えぇと、それから……)


 宝石の成分や性質、産地の傾向なんかも色々と教え込んだ……と、思う。

 ヴランヴェルトの宝石鑑定資格は取得難易度が飛び抜けて高いと言われるだけあって、筆記試験のレベルも実技試験のレベルも非常に高い。

 まず筆記試験だが、ランダムで出題される宝石5種類の構造や性質、硬度等を答えなければならないばかりか、起源や逸話に歴史、場合によっては考え得る中で最も適切な人工処理や加工処理を答えさせるものもある。そんな難題だらけのクセに……合格ラインは正答率80%以上と、ボーダーも厳しい。

 しかし、筆記試験はまだまだ序の口。筆記試験から間髪入れずに実施される実技試験は偏光器だけでなく、顕微鏡に屈折計器の類、分光器に二色鏡までを使いこなす知識と技術が要求される。しかも、いやらしい事に、出題は偽物があまり出回らないようなマイナー宝石の真贋鑑定だったりするのだから、悪辣さここに極まれり……と言ったところだろうか。

 受験者によっては、試験で初めて名前を聞くかも知れないルースをお題に出すのだから、合格させる気があるのかと問い糺したくなること、請け合いだ。


(……ヴランヴェルトの試験は難しいのではなく、意地悪なだけかも……)


 そこまで考えつつ、自慢の相棒なら大丈夫と強気に考えるものの。どこか心配なのは親心……いや、フライングの()()()というものかも知れない。と、言うのも……。


(クククク……。兎にも角にも、キャロルが試験に合格したら、晴れてこれを渡すのです……! プロポーズの返事もまだですし、今度こそ……)


 ……尚、ラウールは2月の恋人達の日(ヴァレンタインデー)にキャロルから明確な「Yes」の返事は貰えていない。「No」の理由は試験が終わるまでは資格取得に集中したい、と言う事だったが……彼女の方はまだまだそちら(結婚)には乗り気ではない事くらい、ラウールも何となく気づいていた。だからこそ、こうして強制的に「Yes」のお答えを頂こうと、プラチナ製の()()()()()をこっそり用意していた次第である。


「ただいま〜……って、ラウール、どうしたのだ……? 朝からそんなに気色悪い笑顔を浮かべなくても、いいだろうに……」

【キュゥゥン(ラウールのエガオブキミ。フオン)】

「……気色悪くて、申し訳ありませんね」


 お揃いの指輪が無事、互いの指に輝きを添えている姿を()()してはニヤニヤしていると。散歩から帰ってきた娘もどきから容赦のない褒め言葉を頂き、デビルスマイルを引っ込め、いつもの仏頂面に戻るラウール。それでも、保護者のお役目は果たしましょうと、きちんとプリンセスのご機嫌を窺うが……。


「……お散歩、ご苦労様でした。イノセント達も朝食にしますか?」

「そうしたいところなのだが……ラウール。……朝から珍しく、お客さんだぞ?」

「客……? おやおや……メーニャン様ではありませんか。お久しぶりですね」

「あはは、お久しぶりです。今日はちょっと……聞きたいことがあって、来ちゃいました」


 来ちゃいました、と気軽にお越しいただける店ではないと店主は自負しているが。目の前で能天気な笑顔を見せているのは、ある意味で天敵の敏腕ジャーナリストである。まだ正答に辿り着かれてはいないが、アレクサンドリート宝飾店の店主の秘密に最も近い、()()()でもあった。


「あぁ、これから朝食でしたか……。失礼致しました。でしたら、時間を潰して出直してきます。1時間後であれば、大丈夫ですか?」

「そういうことでしたら、お話と一緒に朝食もいかがです? 折角、天気もいいのですし……たまには優雅にカフェで朝食もいいでしょう」

「ラウール、カフェに行くのか?」

「えぇ。帰ってきて早々で申し訳ありませんが……生憎と、俺はあまり料理は得意ではありませんし。ゲストもお見えですから、お話ついでに食事も済ませてしまいましょ。イノセントもジェームズも、向こうで好きなものを頼んでいいですよ」


 非常に気前のいいラウールの提案に、先程まで笑顔が不気味だと失礼な事を言っていたのも、すっかり忘れて。イノセントもジェームズも大喜びではしゃぎ出すのだから、これまた意地が悪い。しかし、何かと()()()()娘もどきには餌を与えておかないと、まずまず難敵の目を欺くのは難しい。そうして頭の隅で変な予感を巡らせながら、ルセデスの()()()()を徹底的に見抜いてやると、意気込むラウールだった。

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