エメラルドの卵(27)
お下がりのトランクから取り出したるは、お仕事用の宝石の数々が納められたルースケース。その中から、選り抜きの美しいグリーンの宝石を摘み出しては、ラウールがイザベルに手渡す。しかし、一方のイザベルは渡された宝石がどんな物なのか、見当がつかないらしい。魅入られるように手元の深緑を見つめては、意義も含めて分かりませんと首を傾げて見せるので……仕方なしに、あらましと用途を説明する。
「それは通称、イザベルの側近と言われるルースでしてね。おそらく、そのお名前を名乗っている時点でご存知だとは思いますが……あの有名な“イザベル女王”と一緒に、海底から引き揚げられた最上級エメラルドの1つです。まぁ、そいつは雇い主から万が一の時に使えと、支給されていたモノですけど。で……俺はこの状況が、その万が一に該当すると判断しました。これだけの大きさがあれば、多少の延命は可能でしょう。一旦はそれをフランシス様に食べさせるのです」
「そうさ。私はどうしてもエメラルドのカケラになりたくて、せめて名前だけでもと思って……有名なエメラルドから名前を拝借していたんだけど。ふふ……こうなると、ちょっと間抜けかもしれないな。とにかく……うん、ありがとう。……さ、フランシス様。ロンバルディア王子のご厚意です。こちらをお召し上がりください」
【……】
王子扱いに茶々を入れることもなく、ラウール達が大人しく状況を見守っていると。イザベルが差し出した側近をやや遠慮がちに見つめながらも……決心したように、口に含むフランシス。その瞬間から、彼の身から漏れ出る光が格段に柔らかくなった。
「とは言え、予断を許さない状況であることには変わりありません。……ですのでお望み通り、フランシス様を保護対象として報告させていただきます。大丈夫ですよ。この大きさのルースでも状態が緩和されたのですから、向こうで適切な治療を受ければ、いずれは元の状態に戻れるでしょう」
「それ、本当? フランシス様は……死ななくて済むのか?」
「あくまで、希望的観測に過ぎませんけれど。……でも、まだ家族を諦めるには、早いと思いますよ。とにかく、フランシス様をロンバルディアへ移すことが先決です。あぁ、ご心配頂かなくても、結構。あれで、白髭の回収班はプロ揃いですから。速やかに、かつ的確に……そして、秘密裏にコトを進めてくれることでしょう。そうそう、イザベルさんも一緒にプログラムを受けたほうがよろしいかと。……あなたの状況もあまり、楽観視はできなさそうですし」
「……そう、だね。……うん、そうするよ」
そこまで言ってやって、ズシリと重いトランクを持ち上げる頃には、先程までちょっぴり冷たかった自分への視線も暖かくなっていることに気づくラウール。特にキャロルが嬉しそうに微笑んでいるのを認めては、これで良かったのだと自分に言い聞かせて。……本来であれば、結構なお値段の側近代は請求しなくてもいいかと、肩を落とした。




