エメラルドの卵(26)
【モウ……ココニハ来ルナト、言ッタダロウニ……】
「そういう訳にはいきませんよ、フランシス様。……私達はどうしても、あなたに生きていて欲しいのです。だって……あの時、これからは家族だって言ってくれたじゃないですか」
【確カニ、ソウハ言ッタガ……。ヴァン、ドウシテイザベルを連レテキタ? ソレニ……ソチラハ……?】
部屋中を埋め尽くす眩い緑の虹彩は、遠慮がちに隅に蹲るエメラルド色のドラゴンの鱗によるもの。まだしっかりと理性はあるらしいが、強い光を放ち出している時点で……彼のスーパーノヴァまでの猶予はあまりなさそうだ。そうして、緑に染まる壁という壁が赤黒い煉瓦で作られているのにも気づいて、この部屋がどんな目的で作られたかを、まざまざと思い知る。
「そういう事、でしたか……。ここで最期を迎えた悲劇の令嬢も……カケラだったのですね?」
【フム? ソナタハ……我ラノ同類カ? マァ、イイ。ソナタノ言ウ、悲劇ノ令嬢ハ……エリザベートノ事ヲ言ッテイルノダロウ。ソウ、ダ。彼女ハ……私ノ片割レ。……当時ノオルヌカン領主ハ私達ヲ化物扱イスル事ナク、受ケ入レテクレタノダ】
フランシスが執事として働いていたのは、オルヌカンへの愛着によるものだと思っていたが。どうやら……それ以上に、恩返しの意味もあったらしい。
フランシスが綿々と語る昔話によれば……約900年前のオルヌカンは人の形をした悪魔が蔓延る、魔境として名を馳せていた。彼の言う悪魔は人の血を啜り、あまつさえ化け物に成り果て……民を巻き込んでは、オルヌカンを所構わず焼き尽くしていたと言う。
【……私ハ、同類がコノ美シイオルヌカンを破壊スルノガ、許セナカッタ。……ダカラ、エリザベートニ幸セヲクレタオルヌカンヲ、守ルト決メタノダ】
同類達も生き残るため、仕方なしに人を喰らい始めた……それはフランシスも痛い程に分かっている。オルヌカンは予てから宝石の産出は非常に乏しく、彼女達を満足させる食料を用意してくれる事もない。一方で、彼は同類が民を苦しめているのを傍観することもできずに……エリザベートを娶ったオルヌカン領主のためにも、デビルハンターとして夜という夜を駆け抜けた。そんな彼はやがて守り神として崇められることとなり、彼のトレードマークでもあったフクロウの面が原因で、オルヌカンは夜の賢者を偏愛するに至ったらしい。しかし……。
【……私ノ行イハ同類カラスレバ、裏切リデシカナイ。ソシテ、彼女ラハ……私デハナク、エリザベートニ目ヲ着ケタ】
「エリザベートの肖像画は国宝だとオルヌカン様も仰っていましたが……肖像画まで大切にされているはずの彼女は、何故か罪人扱いされていました。でも……そういう事でしたか。エリザベート嬢は意図せず壊れた宝石……要するに、当時のオルヌカンからすれば、悪魔に成り果ててしまったのですね」
「みたいだね。……エリザベート様は恨みを持つカケラ達に、毒を盛られたんだ。知っての通り、女性のカケラは熱暴走を乗り越え切る前にスーパーノヴァを迎えてしまう事が多い。そして……エリザベート様もその例に漏れず、熱暴走の前段階に入ってしまった」
エリザベートを愛してはいたが、城を吹き飛ばされては敵わない。そうして、オルヌカン領主はかつて砦として機能していたコルテス城の地下に特別な部屋を作ってエリザベートを住まわせ、足繁くコルテス城に通い詰めては……彼女の最期を見届けたと言う。そして、そのランデヴーの場所こそが、フランシスと面会を果たしているこの部屋だった。
【オルヌカン領主ハ本当ニ……優シク、慈悲深イオ方ダッタ。エリザベートノ死ヲ最期マデ悼ンデクレタダケデハナク、カケラノタメニ墓マデ用意シテクレタ。ソウシテ全テノ役目ヲ終エタ後モ、オルヌカンヲ守ルと決メテイタノダガ……】
しかし、オルヌカン以外でも同類が悪さをしていると聞き及んだフランシスは、国外のカケラ問題にも精力的に首を突っ込み……道中で「秘密の釘」と名乗っては、デビルハンターの実績を積み重ねていった。カケラの存在そのものが隠蔽されていることもあり、彼の噂が表立って囁かれる事はないものの。まるで吸血鬼狩りに準えたように、ポッカリと空いた左胸にサンザシの釘を残す習性の特異性も相まって、関係者スジの間では非常に知れた名でもある。
【……ヘル・シャンクはドウゾクガりのプロとしてユウメイだったと、ジェームズもキオクしてる。オオムカシのカケラケンキュウは、ミサカイがなかったからな。トチュウダンカイであったとはイえ、ムサクイにカケラをウみダしスぎていた。……きっと、イマよりフアンテイなヤツがオオかったのだろう】
「だろうな。私が知る限りだと、昔の人間は今以上に野蛮だったからな。……まぁ、馬鹿なのは今も変わらないか?」
【オヤ……ソチラノ犬トオ嬢サンモ、同類ダッタカ。フム……コンナ小サナ子ニマデ、手ヲ出スナンテ。嘆カワシイ事ダ】
唐突に口を挟んだジェームズとイノセントを訝しげに見つめては、フランシスが「嘆かわしい」と瞳を翳らせる。しかし、ジェームズはともかく……イノセントは後転的なカケラではなく、来訪者である。実験台にされてきた経緯はあれど、フランシスの言う「小さな子」には該当しないだろう。
「あぁ、フランシス様。一応、申し上げておきますと……このイノセントは見た目は子供ですけど、この場の誰よりも年長だと思いますよ、何せ……中身はコランダムの来訪者ですし……」
「は? ラウール君……それは本当かい? イノセントさんもてっきり、何かのカケラだと思っていたけど……」
「……こんな所で嘘を申して、どうするのです。どうも、心臓を取り上げられて不完全な状態みたいですけど。多分、性能は1番凶暴だと思いますよ」
「ラウールだけには、凶暴なんて言われたくないぞ。でも……この際だから、強く美しいデビルハンターになるのは悪くないな。うふふ……セイントアタックをバシッと悪者にお見舞いしてみたい」
「……尚、ご覧の通り中身は5歳児程度ですから、そこまで畏まらなくて結構です。……イノセント、夢中になれる事があるのは素晴らしいですが、ハール君の真似事はやめましょう? 常々、被害に遭っているジェームズの身にもなってあげなさい」
父親もどきに諌められて、娘もどきの方は不服とばかりに頬を膨らませるばかり。そうして、やや話が逸れてしまったと思いながらも……イザベルの懇願に捨て置けないキーワードがあったのに気づいては、珍しく同情で胸を痛めるラウール。そうして、仕方ありませんねと……取って置きの商材をガサゴソとトランクから引っ張り出すのだった。




