エメラルドの卵(23)
“種明かしは、夕刻を迎えた後で”
ヴァンにそう言われたものだから、約束の時間まで待ちましょうと一旦ホテルに引き上げたものの。ラウールはヴァンの自己紹介に徒ならぬ焦燥を覚えて、有り余る残り香に酔っては、目眩を堪えるのに一苦労だ。彼の説明を鵜呑みにすれば、ヴァンはアメジストとシトリンとを取り込んでアメトリンのカケラ、しかも、本領を発揮するまでの完成品として後天的に変異したことになる。しかし、他のカケラの核石で延命はできても、性質量までは取り込めないのが通説だったはずだ。それなのに……彼の存在はその通説を覆す可能性を鮮やかに示しては、ラウールの良からぬ予感をジワジワと侵食していた。
(まさか……特定の相手の核石であれば、延命だけではなく、性質そのものを取り込む事ができるのでしょうか……?)
そんな馬鹿な。それができてしまうのなら、わざわざ双子を両方生かす意味が分からない。
非常に残酷な発想ではあるが……何も知らないままの赤子のうちに処置をした方が、育成の面倒も費用も抑えられるに違いない。それに、カケラを人ならざるものとして扱ってきた研究者達が知っていたのなら、片方を屠ることなど躊躇なくやってのけるだろう。
【ラウール、どうした? ナニか……カンガえゴトか?】
「……えぇ。非常に嫌な予感がしましてね。漠然とでしかないのですが……俺達の知らないところで、良からぬ何かが進行している気がしてならないのです」
そのままティベルス観光へ旅立ったキャロルとイノセントがいないなりにも、愛犬が話し相手になってくれるのだから助かる。ラウールが1人で抱え込むには少々物騒な悩みを、中身は叔父様のドーベルマンに白状すると……懸念にもしっかり寄り添った返答を寄越すのだから、この上なく頼もしい。
【……カケラのケンキュウをしていたのは、ロンバルディアだけじゃないからな。イヤ……チガうか。カケラケンキュウのごホンケはシェルドゥラだ。ロンバルディアのケンキュウはスベてではないばかりか、タりないウエに、ホウコウセイがそもそもチガう。ロンバルディアのカケラケンキュウは、あくまでシコウヒンのカイハツがメインだった。……ゲンにラウールだって、ウまれジタイはロンバルディアじゃないだろう?】
「そう、ですね……。まぁ、俺の出生地は正確に把握していませんが。元々は画期的な商品として、ロンバルディアに持ち込まれただけでしたからね」
【あぁ……ワルいコトをオモいダさせたか? ……スマない】
「いいえ? それに関しては別に、何とも思いませんよ。今となっては兵器としてよりも、商品として扱われた方が遥かに平穏だったと思いますし。それに……道中は俺達にとって、貴重な時間でもあったのですから」
普段は離れ離れだった母親と同じ檻に入れられての搬送は、幼いモーリスやラウールにとって、皮肉なまでに幸福な時間だったと言っていい。例え、その先に待ち受けるのが過酷な運命だったとしても……思いっきり母親に甘える機会を持たされなかった双子にとって、ただ寄り添うだけでも心を満たされるには十分だった。
「とりあえず、俺達の出自はさて置き。実は……例のトワイライトさんの作りに気になる点がありすぎて、困っているのです。カケラは与えられた核石の性質量を取り合って生まれてくるため、割合によっては両方とも性質量80%の完成品に届かないことも、しばしば起こります。しかも、与えられた核石の大きさが不十分だったりすると、最初から完成品としてのデビューはありません。しかし、仮に後付けの増量が可能ならば、どうして性質量が中途半端なカケラが放置されたままになっているのでしょう。……こんな事を言うのも、非常に忌々しいのですが。核石の融合が可能ならば……1人に性質量を集約させた方が、彼らにとっても好都合だと思いませんか?」
管理の意味でも、性能の意味でも。対象は少数精鋭の方が、何かと都合が良いのではとラウールは考える。しかし、一方のジェームズにはかつてのコレクターならではの選考基準があるらしい。どこか重々しい息を吐きながら、意外と純朴らしい甥っ子に新しい視点を示し始めた。
【カケラはセイシツリョウにカカわらず、ゼンインがツクられたようにキレイなスガタをしているからな。ヘイキであればタシかに、セイノウこそがタイセツだろうが……コレクションにするならば、セイノウよりもウツクしさとバリエーション、そして……ジュウジュンさがモトめられる。セイシツリョウはニのツギだろう】
戦勝国であり、大陸の絶対王者でもあるロンバルディアの裏舞台で求められたのは……兵器ではなく、愛玩人形の方。特に女性のカケラは消耗品として扱われる側面もあり、潤沢な供給を成り立たせるには少数精鋭ではなく、有象無象の存在であっても構わない。故に、ロンバルディアのカケラ開発は方向性が違うのだ、とジェームズは嘆息する。
【ジェームズはそのヘンのジジョウ、よくシっている。……ジッサイ、イノセントをケズってコウテンテキなカケラをウみダしていたのだって、コレクションのジュウジツをハカるためだ。コレクションはウツクしければ、それでイイ】
「……そうですよね。そうか……ロンバルディア側のオーダーとシェルドゥラ側のオーダーは、根本的に目的が異なるという事ですか。おそらく、ヴァンさんは俺と同じ、兵器側の存在だった、と。旧・シェルドゥラ側にはもしかしたら、カケラの核石を集約する術があるのかもしれませんね」
【オクソクのイキをデないがな。イズれにしても、タネアかしのトキにキいてみたらイイんじゃないか。……もしかしたら、ヴァンはジブンのシュッシンをオボえているかもシれないし】
ジェームズの提案は現実的でありながら、どこまでも嫌な予感しかしないとラウールも深く嘆息してしまうが。何となくだが、ヴァンの見た目が自分と同じ年代であることを考えても……出生地が一致するかどうかはともかく、彼は自分と同じ時期に作られたカケラである可能性が高い。そして、少なくとも彼の妹は耐熱性能の実験台になっていた事までは判明している。
(……だとすれば、ヴァンさんはそれ以上に過酷な実験に付き合わされていた可能性が高い……)
男性のカケラである時点で、彼が更に凄惨な境遇に置かれていたことは想像に難くない。だからこそ、ラウールは憂鬱なのだ。かつての悲惨な記憶が呼び起こされそうで、誰かの記憶に感化されそうで。感傷は核石にとって上質な餌になり得る。何かを思い出したように疼く左胸を諌めながら……今はただ、キャロルの帰りが待ち遠しい。




