エメラルドの卵(17)
「さて、ここまで説明した所で……なぜ、イザベルさんがわざわざ俺達を誘うような行動に出たか、が気になりませんか?」
「そうですよね……。ただ卵が欲しいだけなら、ちょっと可哀想ですけど……詐欺師さん達に罪をなすりつけた方が面倒もない気がします」
【そうなれば、コタえは1つだろう。イザベルはタマゴがホしいんじゃなくて、キヅいてほしいんじゃないか?】
「おや、ジェームズ。イノセントの添い寝はもういいのですか?」
キャロルとの会話に割って入ってきたジェームズをラウールが茶化すと、子守役の叔父様はやんちゃなプリンセスの所業に堪らず逃げてきたそうな。遊び足りない竜神様は、夢の中でも元気にご活躍中との事で……寝相が非常によろしくない。
【ホーリースラーッシュ‼︎ ……とかイいながら、チョップをタタきコまれたら、ネムれるものもネムれないぞ……】
尚、ホーリースラッシュというのは、デビルハンター・ハール君の必殺技の1つである。
「それはそれは……ジェームズもご苦労様でした。ですけど……イザベルさんが気づいて欲しいことって、まさか?」
「えぇ、きっとそうでしょうね。……彼女は時計と一緒に鍵を託してくれたフランシスさんを助けたいのだと思いますよ。それで……おそらくですけど、フランシスさんは自身の存命を諦めかけているのかもしれません」
フランシス・ヘル・シャンク。その名前に有り余る既視感を覚えながら、彼自身は相当にオルヌカンに溶け込み、愛してもいたのだろうと、ラウールは想像せずにいられない。だからこそ、この地を離れる事もなく……彼はオルヌカン城の家令を実直にこなしてきたのだ。
「……なるほど、凄腕のデビルハンターも不安と葛藤には勝てないのですね。それでも、卵に手を出さなかったのですから……きっと、彼は非常に高潔な人物なのでしょう。オルヌカンへの愛着と忠誠心とで、ここまで持ち堪えるのですから」
【……ヘル・シャンク、か。オモテダってコウヒョウはされていないが……タシか、ドウゾクガりのスペシャリストだったな】
「そうだったのですね……」
おそらくフランシス、延いてはイザベルはヴランヴェルトの鑑定士が「どんな存在か」をよく知っていたのだろう。その上で、承認印の持ち主が特別な相手であることも分かっていた。だから、イザベルは敢えてラウールを引き込むような誘いを仕掛けたのだ。”ヒントを元手に私の所にいらっしゃい”……はかつて自身が辿った逃げ口上であると同時に、なけなしのSOSでもあったのだ。
「さて……と。こうなると、3日で済ませるなんて悠長なことも言ってられませんか? フランシスさんもそうですが、時計のコランダムを取り上げている時点で……イザベルさんもあまりよろしくない状態でしょうし。仕方ありません。ここは1つ、証拠を譲ってもらいに行きますか」
「証拠を譲ってもらう、のですか? 一体、誰に?」
「クククク……今日1日、ベッタリと非常に分かりやすい熱視線を頂いていたものですから。彼らはお腹も空かせているでしょうし……そろそろ、ファンサービスをしてやっても、いいかもしれませんね?」
【……ラウール。イチオウ、キくが。ジェームズもイったホウがいいか?】
「おや、どうしてです? ……大丈夫ですよ。俺1人で済ませてきますから、2人は先に休んでいてください」
「は、はい……」
ラウールは例のデビルスマイルを浮かべながら、どことなく楽しそうな様子。そのあまりに不穏な様相に、思わずジェームズが付き添いを買って出るが……それすらも辞退して、ジャケットを引っ掛けると意気揚々と出かけていくラウール。しかし……不気味な様子を見せつけられて、枕高く眠れるはずもなし。キャロルとジェームズの口から漏れるは、不安のため息ばかりである。




