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エメラルドの卵(15)

(あぁ、お腹空いたわ……)

(右に同じ……。くそぅ! あいつら、美味そうなモノ食いやがって……!)

(本当よね! あんなに見せつけるように食べなくても、いいじゃない!)


 少しくらい、分けてくれてもいいのに……。と、相変わらず勝手なことをブツブツとおっしゃるのは、ベス。自己中心的で、やや残念な思考回路の持ち主である。そんな彼女の隣には非常識ではないにしても、空気で腹を満たそうと口をパクパクしているのは、バロウ。相方のベスに振りまわされ気味の、間抜けな大男である。


(それにしても、あいつら……おもちゃ博物館で何をしていたんだろうな? まさか、観光でもしているのか?)

(さぁ……だけど、まさか。こっちは()()()なのかしら?)


 ロイヤルファミリー(仮)が滞在しているホテルの前で待ち伏せしていたバロウとベスだが。あろうことか、彼らは2手に分かれて楽しむことにしたらしい。そうして、どちらを尾行するか悩んだ末に……こちらが()()だろうと踏んで、父親と娘(実際の関係性は、親娘には程遠い)側を追うことにしたが。生憎と博物館の入場料の持ち合わせもなければ、洒落た食事を楽しむ余裕もない。離れた場所から見つめても、雑踏に紛れては彼らの会話も全く聞こえてこない上に……糸引くファルマッジ(チーズ)に苦戦しつつ、嬉しそうにピッツァを頬張る娘の様子だけは余すことなく見えるのだから、却って残酷である。


***

「どう、ジェームズ。この香りで間違いなさそう?」

【ワンッ(タブン、アってる)】


 キャロルとジェームズがやってきたのは、メベラス山脈裾野の平野に広がるラベンダー畑。ラベンダーは暑さが苦手な上に、非常に繊細で()()()()な植物である。耐寒性は多少ある反面、暑さには滅法弱く、少しでも気温が上がるとご機嫌も斜めとばかりに萎れ始める。その上、長雨が続くとあっという間に()()()()枯れてしまったりするため、やや玄人向けのハーブだったりする。

 そんな玄人向けのハーブを専門に育てている、ラベンダー農家の()()にやってきてみたが……キャロルがラウールから預かった承認印レプリカの残り香と、一致する花の香りがないかジェームズにお伺いを立てていると。用意してもらったサンプルの中で、珍しい部類のラベンダーが彼の鼻にヒットしたらしい。そうして、彼が探り当てた香りの持ち主について、農場のオーナーに聞いてみるキャロル。しかし……残念なことに、対象の品種はこの農場では栽培していないと言う。


「あぁ、そいつはワイルドラベンダーでして。この農場では栽培していないのです」

「ワイルドラベンダーですか?」

「えぇ。いわゆる、原種のラベンダーですね。交雑種と区別する意味で、“真正ラベンダー”と呼ばれたりしていますよ。標高約800メートル以上の高山で自生する品種で、メベラスに点在するようにひっそり咲いていたりして、採取も難しい貴重品なのです」


 どこか残念そうに呟きつつ、目の前に広がるラベンダーの品種についても解説してくれるオーナーだが。どうも、ラベンダーというのは同じに見えて、大きく分けて5系統もあるらしく、中でもキャロルやジェームズの視界の中で揺れているのは採油にも適した「ラバンディン系」のラベンダーなのだそうだ。


「ラバンディンは、アングスティフォリア系とスパイク系の交雑種でして。香料用に改良された品種です。あと向こう側に咲いているのが、アングスティフォリア系。原種ではなくなってしまっているものの、ここにある中では先程のワイルドラベンダーに近い品種になりますね」

「な、なるほど……でしたら、アングス……ナントカ系のドライフラワーを、お土産に頂いていこうかしら?」


 それと、犬も一緒にお食事もしたいのですけど……と、キャロルが観光客としての模範解答を示せば。商売っ気も旺盛なオーナーが惜しむ事なく、土産屋と農場内にあるレストランのご案内もしてくださる。ラベンダー農家ならではのハーブを使った料理が多いそうだが、きちんと犬にも与えられるメニューも用意してくれるという事で、ジェームズもご機嫌だ。


「お料理、楽しみですね? ジェームズ」

【ワヌッ、フガフッ(ジェームズ、ゼヒ、ファルマッジをタべクラべてみたい)……】


 ラベンダー畑を見つめながら、ゆっくりお食事ともなれば優雅であること、この上ないが。しかして、肝心の香りの主が広大なメベラス山脈の懐中にいるらしい事が判明した以上、調査結果としてはやや不穏である。


(メベラス山脈……かぁ。確か、宝石の産出はあまりないのでしたよね……)


 紫色の美しい絨毯の先に聳えるは、かつては暴れん坊だったらしいメベラ火山を擁する、1000メートル級の山々。この広大な景色の中から、目的地になるかもしれない場所を探し出すのは至難の業だと……キャロルはそこはかとなく、前途多難だと考えていた。

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