エメラルドの卵(14)
イノセントが意外と乗り気で職業体験に精を出しているのを尻目に、ラウールはまんまとお邪魔した元工房の設備を抜かりなく見学していた。正直なところ、彼がイノセントに職業体験をさせているのは、手持ちの時計との共通点を探させるためではない。あくまで、普段は非公開エリアでもある事務所に入り込むためだ。第一、子供向けの職業体験に高級時計並の練習台が出てくるはずもなかろうに。
(しかし……それを白状したら、またいけ好かないと言われそうですね。ま、一生懸命なのはいい事です)
何故か周囲の子供達にもしっかり溶け込みながら、ガイドの言うこともきちんと聞いて。まずまず、自分の養女はお利口らしいと妙に微笑ましい光景を見守るのも、そこそこに。どこにでも神出鬼没に参上するのは大泥棒の職人芸とばかりに、誰にも気取られる事なくアッサリとその場を離脱すると、明らかに部外者立ち入り禁止を意味する「Staff Only」のプレートを無視して堂々と奥へ進むラウール。
(……さて。こいつの依頼主は誰でしょうかね?)
そうして幸いにも当時のままになっているらしい、埃がたっぷり積もった書類ケースを勝手にガサゴソと探っては、ある程度のアタリをつけていた年代の顧客リストと依頼書を手早く調べる。
時計の穴石数7石が主流だったのは、約40年前程。現在の時計はメーカーの拘りに差はあると言っても、21〜23石が主流である。尚、ラウールが愛用している懐中時計は先代のお下がりであるため、それなりの品物でもあるのだが……生憎と19石の穴石は天然ルビーではなく、人工ルビーが用いられている。
(相変わらず、変なところはしみったれていますね。まぁ……今は継父の事はどうでもいいか。さてさて……おや?)
難なく当たりを探り出したはいいものの。今度は書面に踊る依頼主の意外な名前に、渋い気分にならざるを得ないラウール。しかし、この場でドップリと感傷に浸っている場合でもないと、気持ちを切り替えつつ……知れっと対象の書面だけをくすねて、何食わぬ顔で工房へ戻ってみれば。……そこには丁度、ミッションをやり切ったイノセントが胸を張っている姿があった。
「どうだ、ラウール! この美しい出来は! 売りに出せるレベルだと思わんか?」
「おや、イノセントは本当に器用だったのですね。……まさか、ここまでしっかりと仕上げてくるとは」
「そうだろう! そうだろう! ふふ……今から、プリンセスではなく、時計職人と呼ばれるのも悪くないかもな」
あくまで練習用のレプリカではあるが、歯車の噛み合わせもきちんと組み立てて、イノセントが得意げに手巻きネジを回してみれば。ギリリギリリと本格的な軋み音が鳴るのだから、なかなかに見事な出来栄えである。そうして周りを見渡せば、結局は親やガイドが手伝っては、歯車の組み合わせに苦慮しているらしい子供達の中にあって……イノセントは本当に時計作りがお上手なようだと、感心してしまうラウール。
「なるほど……イノセントは細かい作業が得意だったのですね。今度、仕事のお手伝いもお願いしようかな?」
「本当か⁉︎」
「えぇ。これだけ自力でできるのであれば、文句もありません。そうですね……そのうち、石座に宝石を嵌める練習でもしてみます?」
He that would the fiancee win, must with the adopted daughter first begin……将を射んと欲すれば、まず馬を射よ。婚約者の心を得たいのなら、まずは娘もどきの好感度からゲットせよ……である。そうして散々「いけ好かない」とまとめて好感度を下げられていた経験則も生かし、しっかりとリップサービスも提供すれば。素直で単純なイノセントの口元に広がるは、最高記録と見まごう満面の笑みである。
「さて……それでは、そろそろ行きましょうか? どうします? このままおもちゃ博物館も見学しますか? それとも……」
「なぁなぁ、ラウール。私は早く、ピッツァとやらを食べてみたいぞ」
「あぁ、そうなります? 折角、面白そうな場所なのに……ま、今はその方が俺も都合がいいですかね」
何せ、書類を勝手に拝借(完全に窃盗行為である)をしている手前、無駄に事件現場に長居をする理由もない。書類ケースの状況から、バレる可能性はほぼないだろうが……やはり、そこは泥棒のサガというもの。捕まらないうちにスタコラサッサと逃げるのが、スマートな泥棒の信条というものである。




