エメラルドの卵(13)
「さて、まずは……この時計の出所に向かいましょうか」
「向かうって……ラウールにはそれがどこか、分かっているのか?」
「もちろん。こんなにもヒントが目白押しなのに、気づかない方が間抜けというものです」
それは要するに、自分は間抜けだと言いたいのだろうか? 相変わらずの自信たっぷりな高慢さで、イノセントを遠回しに間抜けと宣いつつ。ラウールが意気揚々とアタリを付けられた理由を説明し始める。
「イザベルと名乗った彼女は、この時計をどこで買い求めたかについては、頑なに答えようとしませんでした。おそらく、出どころ自体にも相当の意味があるのだと思いますが……こいつはどこをどう頑張っても特殊なオーダーメイドの一品でしょうね。標準的な時計メーカーのものであれば、それらしい刻印や記載があるはずです」
しかし、そのいずれもラウールの手元にある時計には見当たらなかった。そして、ムーブメントの状態から必ずあるはずのとある刻印もなかった時点で、この時計が一般販売の品物ではなかったのは明らかだろう。
「……残念なことに、穴石は樹脂で代用されていましたが。時計というものは穴石も含めて、石を使っている場合はその数をムーブメントの本体に刻むのが一般的なのです。しかし、こいつはアンティークの割にはしっかりと7石仕様の高級品であったにも関わらず、ムーブメントに石数が記載されていませんでした」
「それはつまり、どういうことになるんだ?」
「売買や譲渡を目的としていない時計だという事です。左利き仕様であるのといい、意味ありげな5時の窪みといい。明らかに持ち主を想定して作られたものでしょう。……ところで、イノセント。5時と言えば、何か思い浮かびませんか?」
「……なんだ、藪から棒に。今の私にとって大事なのは3時と7時のみだ。5時の用事など、思い浮かばんぞ」
イノセントの言う3時と7時はそれぞれ、おやつ時とデビルハンターの放映時間に該当する。今の彼女のタイムスケジュールは甘いものとテレビ受像機中心で回っており、それ以外の時間帯は楽しければどうでもいいらしい。そんなやや薄情な娘もどきの答えに肩を竦めては、5時という時間帯が意味するところをラウールが声を潜めつつ説明する。
「おや……こんなにも身近な例がいるのに、イノセントは本当に俺に対して冷淡だからいけない。今の今まで気づかなかったのですか?」
「何をだ? 私はラウールがいけ好かない事くらいしか知らないぞ?」
「また、生意気なことを言って……。……まぁ、今はそこを気にしている場合でもないですか? 実を言えば、5時は変色性を持つカケラの瞳の色が変わり始める時間帯なのです。俺も幸か不幸か、はっきりとその性質があるせいで……5時は何かと気を揉む時間だったりするのですけど」
「そうだったのか?」
「えぇ。もちろん気候や季節など、状況の変化で多少の差はありますが……生物としての体内時計があるせいか、カケラの色変わりは結構な部分で、時間に忠実だったりします。まぁ、それはそれで把握しやすいのでいいのですけど……うっかり忘れる事もあるので、そういった性質を持つカケラにとって、時計は必須アイテムでもあるのですよ。おそらく……この時計の元の持ち主は5時の時間帯を気にしなければならない存在だったのでしょう」
そんな事を言いつつ、更に例外中の例外とも言えるイレギュラーも身近にいたりするのだが。彼女の場合は複数核を内包していることによる変色なので、アレキサンドライトのような変色性には該当しないのかもしれない。
「……さ、そんな事を言っているうちに着きましたね。おそらく、ここがこの時計の出どころだと思いますよ」
「ここは……なんだ? 美術館か?」
「いいえ? どちらかと言うと、博物館でしょうかね? 元々はオーダーメイド専門の時計工場だったそうですが、今は子供向けのおもちゃ博物館としてリユースされているそうでして。設備を活かした時計職人の職業体験ができるとかで、なかなか人気があるそうですよ」
そうしてラウールが指さす方には確かに、イノセントと同じ年頃の子供を連れた観光客が並んでいるのが見える。
「あぁ、なるほど……。私をわざわざ選んで連れてきたのには、そういう理由だったのか……」
「その通り。ここで職業体験ができるのは10歳までなのだそうでして。ですから、イノセント」
「……分かっている。職業体験とやらをしてみて、時計との共通点がないかを探ればいいんだな?」
「お利口なプリンセスは話が早くて、助かりますね。なお……この近くには、ファルマッジたっぷりのピッツァの店があるそうですよ。きちんとできたら、そちらで美味しいピッツァとティラミスでもいただきましょう」
「そ、そういう事なら、仕方ないな。……うむ、ここは1つ、私の器用さを見せてやろうじゃないか」
キャロルでもなく、ジェームズでもなく。生意気で相性があまりよろしくないプリンセスをラウールが供に選んだのには、彼女をダシにして手がかりを掴もうという目論見があったからである。中身は超高齢の地球外生命体でも、見た目はどこをどう見ても子供。しかも、美味しいものには目がない育ち盛り。グルメ情報もしっかりと仕入れて、ホレホレと餌をぶら下げれば、パクリと食いつくこの素直さよ。
そうして難物のイノセントを無事に釣り上げたところで、別働部隊は今頃どうしているだろうかと思いを巡らせるが……。キャロルとジェームズの組み合わせであれば、大抵のことは恙なくこなしてくれるに違いない。わざわざ考えてみたところで、そちらは心配する必要もないかと懸念も振り払って。今は世間知らず気味なお姫様の子守りと誘導が優先だと、イノセントの手を握りながら列の最後尾に加わるラウールだった。




