エメラルドの卵(11)
「私達がいない間に、そんな面白いことになっていたなんて……どうして、教えてくれなかったのだ?」
【ジェームズテキには、オモシロいよりも、フアンがオオきい】
鳥籠でお留守番だったヴィオラにサラダ菜を与えながら、ムスッとイノセントが呟くが。それでも、今日はメクラディ……彼女にとって、ちょっとしたイベントのある日なのだから、ホテルに一家でご帰還は理にも適っている。そうして、プンスカしつつもテレビ受像機(なお、従量制課金である)の前で全力待機をしているイノセントを尻目に、ラウールは借り物の腕時計と飽きもせずに睨めっこをしていた。
「ラウールさん、この腕時計ですけど……」
「うん? キャロルも何か、気づきましたか?」
「えぇ。……きっと、5時の所には何かが嵌っていたのではないかと……」
予断なく精神安定剤を差し出しながら、娘もどきの不機嫌もそれなりに受け流したキャロルが時計の盤面を指差せば。確かに、指摘通りの小さな窪みが認められる。もちろん、ラウールも気づいてはいたが……問題は、どうしてそれが抜け落ちたままになっているのか、になるだろう。
「……普通、ガラス面の中にあるパーツが取れたとなれば、内部にそのまま残っているか、修理をしたのならきちんと取り付け直すはずです。しかし、こいつは内部の部品をきちんと取り外しているのに、盤面の窪みはそのままになっています」
「それはつまり……?」
「おそらく、彼女に必要だったのは時計自体ではなく、ここに嵌っていた何かだったんじゃないかな」
そうして、さも嬉しそうにクツクツと意地悪な笑いをこぼしながら、コーヒーを口に含むラウール。相変わらず、皮肉っぽい笑い方しかできないようだが、少なくとも彼のご機嫌は悪くないようだし……と、一方のキャロルは父親もどきの悪癖も受け流すことにした。
【しかし……イマ、カノジョってイったか? イザベルとかイうのは、オトコだったキがするが】
「いいえ? おそらく女性だと思いますよ。何せ……この腕時計は女性物ですから。こんなに細い腕周りでは、一般的なサイズの紳士にはつけられません」
現に……と、ラウールが金属のバンドを自分の手首に回してみるが、確かに圧倒的に長さが足りていない。そうして今度はキャロルの手を取ると、彼女の手首にバンドを巻き付けて見せれば。まずまず、キャロルのか細い手首にはやや大きいものの……身につける分には問題なさそうだ。
【……ホントウだ。これはアキらかにレディースモノだな。しかし……どうして、5ジのトコロだけなんだ? フツウ、モジバンにイシをくっつけるバアイは、3のバイスウのところか、グルリとイッシュウ、12セキだとオモうが……】
「でしょうね。ですので、きっとこの5という数字に意味があるのだと思いますよ。……どれ、折角です。借り物とは言え……ちょっと失礼して、内部のムーブメントを確認させてもらいましょうかね。俺の予想通りなら……多分、そちらも特殊な状態だと思いますし」
相手が借り物だからという標準的な遠慮を装いつつも、ラウールは最初から分解するつもりでいたのだろう。しっかりと、トランクからピンポンチセットを取り出して、躊躇なく大胆に文字盤裏蓋のスクリューのピンを抜き始める。そうして、裏蓋の下から顔を出したのは……粗雑な応急処置をしたらしい、穴石の惨憺たる有様だった。
「……これ、もしかして……」
「えぇ、あろうことか穴石部分を樹脂で埋めてしまっていますね。ここには元々、それなりの宝石……一般的には靭性の観点から、サファイアやルビーだと思いますが……が鎮座していたのでしょう。しかし、それを抜き取った挙句にお粗末な補修をしている時点で、彼女は腕時計自体には何ら価値を置いていないのでしょう」
”ヒントを元手に私の所にいらっしゃい”
それはおそらく……ラウールだけではなく、かつての彼女もそうだったのだろうとラウールは思いつつ、更にムーブメントを分解し始める。そんなに跡形もなく分解してしまって、元に戻せるのかと、キャロルとジェームズがハラハラしているのを尻目に、ラウールの方は慣れたものと歯車を大きい順に並べては……まじまじと見比べ始めるが。
【……なぁ、ラウール。このイチバンチイさなハグルマ……おかしくないか?】
「おや、ジェームズも気づきましたか?」
【うむ。だって、これ……】
1つだけ、木製の歯車が混ざっているし……と、ジェームズがフンフンと鼻を鳴らしながら、ご丁寧にメッキを施されているらしい歯車に言及し始める。
時計のムーブメントは精密機器。複雑かつ繊細な駆動部分を長期間稼働させようと思うのなら、素材にも耐久性や持久性を求めるのは自然なことである。元々は穴石に鎮座していたであろうコランダム然り、おそらく真鍮(メッキ込み)でできているであろう他の歯車然り。きちんと選り抜かれた素材を使っていただろう時計に、木製の歯車はおもちゃ扱いもいい所だろう。
「……多分、この歯車が鍵なのだと思いますよ。1番奥に配置されてはいますが、こいつは他の歯車と連動しない仕組みになっています。……となれば、今回のお題は……」
「この歯車を鍵として使える場所を探す……でしょうか?」
ご名答。
キャロルの答えに満足げにラウールが応じたところで、テレビ受像機から馬鹿に賑やかな行進曲が流れてくる。どうやら、満を辞してデビルハンターご活躍のお時間を迎えたらしい。そのテーマソングを合図に、というわけでは無いが……調査の続きは明日にしましょうと、キャロルに頷きつつ。ルームサービスをお願いするために、内線電話の受話器をとるラウールだった。




