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エメラルドの卵(10)

「どうですか、ジェームズ」

【ハゥン(チガう)】


 言葉はないにしても、器用に首をフルフルと振って見せては、レディ2人は()()だとジェームズが鑑識結果を伝えてくる。そんな彼の様子に、ただただ靴底を調べられたレディ2人は呆れた様子を隠しもしないが。しかして、ジェームズをたかが犬と侮るなかれ。決して公表できる内情ではないものの……優れた嗅覚に、()()()()()で並々ならぬ知性を兼ね備えた、スーパードッグである。


「ふふ……下らないと思われていますかね? ですけど、ジェームズの鼻に狂いはありません。さて……と。お次は……本命のボディチェックと参りましょうか?」

「本命、ですか?」

「えぇ、そうです。フランシスさん。まずは、そちらの時計をお借りできませんか?」


 意地悪な様子で尋問も当然と、ラウールが時計の拝借を願い出れば。彼の要望はフランシスにとって、かなり都合が悪いものらしい。やや困った表情を見せながらも、渋々と腕時計を寄越してくるが……。


「……フゥン? また……随分と洒落た時計ですね。こいつは相当な逸品だと思いますけど、どちらでお買い求めになったのですか?」

「え? ……別に、それは関係ないのでは?」

「おや、そうですか? でしたら……質問を変えましょうか。フランシスさんが腕時計をお使いなのは、どうしてです?」

「それはもちろん、時間を確認するためです。そんな当たり前の事を聞かれるなんて……」

「もちろん、俺も()()()()()()()()()を聞いていませんよ? ……卵を手入れしているはずの方が、どうして()()()()()()しているのか、聞いているのです。俺も職業柄、宝石を常々扱うことが多いため、注意しているのですけど。腕時計だと気が付かないうちに手元の商品を傷つけてしまうことがあるので、()()()()懐中時計を愛用しています。それに……その()()()()は何のためのものでしょうかね? 俺はてっきり、あなたのポケットにも懐中時計が入っているものとばかり、思っていましたけど」

「……!」


 ニタニタと指摘をしつつ、愛犬の鼻先に腕時計を差し出しては……ラウールはジェームズの判断を仰ぐ。しかし……。


【キャウン……】

「なるほど? この腕時計は特段、判断材料にはなりませんか。でしたら……ジェームズ、次は靴底をお願いしますよ」


 しかしながら、相手もそれなりに()はいいらしい。これ以上、鑑定にかけられるのは都合が悪いと……ラウールがジェームズを差し向ける間もなく、お年を召した見た目からは想像できない程の機敏な動きで、大きく後ろへ飛び退く。そうして、あまりに呆気ないメッキの剥がれ方に、ラウールが興醒めだと白けた視線を送ってやれば。パリパリと化けの皮が剥がれた本性を剥き出しにして、フランシス(仮)が不服そうに鼻を鳴らし始めた。


「フン……まさか、腕時計を気にしてくる奴がいるなんて、思いもしなかったが。その辺りは流石、()()の宝石鑑定士と言ったところか?」

「えぇ、まぁ。本物と偽物を見分けるのが、俺の仕事ですからね。こんなにも低レベルな()()()()()で騙される程、落ちぶれてはいませんよ」


 嫌味と皮肉たっぷりにラウールが応じると、いよいよ一興と、メッキだけではなく仮面も脱ぎ捨てる偽物。まるでベロリと被り物を脱ぎ去るかのように、フランシスの顎下から見事に一皮剥け始めるではないか。しかし、その下に覗くのも、どうやら作り物の様子。そこにあるのは銀色の肌にエメラルド色の瞳を持つ、世にも奇妙な怪人の仮面だった。


「私のことは、イザベルとでも呼んでいただきましょうかね。ふふ。まさか、間抜けなオルヌカンの知り合いに、こんな曲者がいるとは思いもしませんでしたが……いいでしょう、いいでしょう。折角です。その時計を5日間貸して差し上げますから、ヒントを()()に私の所にいらっしゃい。見事に所定の場所に辿り着けたなら……卵と本物のフランシスさんは無傷でお返ししますよ」

「おや……甘く見られたものですね。俺はこちらに5日も滞在できる程、暇ではありません。……3日で終わらせて差し上げますよ」

【キュ、キュウン(そんなコト、イってダイジョウブか)⁉︎】


 時計1つで、何が分かると言うのだろう。嫌味だけではなく、自信もたっぷりの飼い主を不安そうに見上げながら、ジェームズが鼻をか細く鳴らしてみても、ラウールの傲岸不遜加減は治まる気配もない。一方で、わざわざ自らハードルを上げてくるチャレンジャーの心意気が気に入ったと、大笑いしては……どこかの誰かさんよろしく、素早い身のこなしで廊下の向こうへ走り去る、怪人・イザベル。そうして、あっという間に小さくなった背中を見届けつつ。その名前が意味するところを逡巡しながら……これは面白くなってきたと、ラウールは口元を歪ませずにはいられないのだった。

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