エメラルドの卵(9)
「なぁなぁ、キャロル」
「どうしましたか、イノセント?」
ジェームズを連れたラウールが、ドビーと一緒に現場検証に出向いている間。腹ごなしも兼ねて、美しい中庭を散策するキャロルとイノセント。もちろん、ラウールと一緒に卵の行方を追うのも面白いのかも知れないが。ドビーから中庭の奥にはエメラルド色の池があると聞かされては、そちらを見てみたいと……彼女達は森林浴に勤しむことにしたのだった。
「うむ……キャロルはラウールの事、本当はどう思っているのだ? 正直なところ、やっぱりいけ好かないと思う。キャロルは嫌じゃないのか?」
「ふふ。別に嫌ではありませんよ?」
「そ、そうなのか?」
そんな中……本人がいないのをいい事に、イノセントがズケズケとラウールの悪口を交えつつ、キャロルに尋ねてみれば。意外や意外、キャロルの方はアッサリとラウールとの共同生活に理解を示す。
確かにラウールは非常に偏屈だし、面倒臭い相手であることは間違いない。独占欲も過剰なら、嫉妬心は天井知らず。その上、最近はキャロルに嫌われまいと努力していると見せかけて……上手くいかないと、拗ねたり落ち込んだりするのだから、手が焼ける。
「確かに、ラウールさんは一緒にいると疲れる相手なのも、間違いないと思います。ワガママで意地っ張りで、驚く程に繊細で。でも……彼は彼なりに、頑張っているのですよ。今までできなかった分、一生懸命相手の気持ちを考えられるように練習している最中なのです」
「……それ、練習しなければいけない事なのか?」
「えぇ、そうですよ? ……ラウールさんは子供の頃に沢山辛い思いをしたせいか、周りを信用できなかったみたいで……。最初から周りを拒絶しては、自分を守ってきた部分もあるのだと、お兄さんのモーリスさんも言っていました。だから、今は少しずつ誰かと一緒に暮らすことを練習している最中なのです。それに……」
「それに?」
「……ラウールさんは偽物でいる必要はないと、私に教えてくれた人でもあるのですよ。……あの時はまだまだ、私は子供でしたけれど。今の私が私らしくいられるのは、ある満月の夜があったからなのです」
「そっか。なんだ……心配して、損したぞ」
やれやれと肩を落とすイノセントの口ぶりを聞くに、彼女はラウールの印象を悪くしたいわけではなかった様子。深い木立の合間に広がる美しい湖を目の前にして、肩を落としていたのが嘘のように顔を綻ばせると、キャロルに向き直る。
「ラウールは自分がカケラである以前に、他のカケラを抑え込んで、蹂躙する術を持っている。あの拘束銃だけではなく、本人の性能も飛び抜けているのは、私もよく知っているつもりだ。だから、キャロルもジェームズも……そして、私も。ラウールがその気になれば、簡単に幸せを捥がれてしまうだろう。少し前に、ジェームズが今は幸せだと……ラウールは自分には優しいと、言っていたことがあってな。ジェームズとはそれなりに色々とあるのだが、それでも幸せが続けばいいなと、うっかり思ってしまった。……それ程に、私にとっても今の生活は等しく幸せなのだろうと思う」
イノセントとて、ジェームズとの約束を忘れたわけではないし、決して許してはいないが。それでも、一つ屋根の下で暮らすのは楽しいと、既に籠絡されてもいる。あれ程までに自身を捕らえ、檻の中に閉じ込めてきた人間を忌み嫌っていたというのに。家族ゴッコの相手が同類とは言え、こうして人間の生活に塗れて色んな体験をするのは、好奇心も旺盛な原初の白竜には、鮮烈で刺激的な出来事だった。
だからこそ、イノセントはこの生活が失われるのを何よりも心配しており、最重要人物でもあるキャロルの動向を気にしていた……という事らしい。
「カケラは性質量が多ければ多い程、精神は不安定になる。そして……ラウールは90%もの性質量を持つ宝石の完成品だと、ムッシュも言っていた。だから、どんなに些細な事がきっかけでも……バランスを崩せば、ラウールは獰猛な化け物に成り果てる危険性を孕んでいる。それでも……ふふふ。そうだな。キャロルが側にいてくれれば問題ないのかも知れないな。いけ好かないなりに努力しているとあれば、そんなに心配しなくてもいいか」
「イノセントも、みんなで一緒にお出かけするのが楽しいのですね。そして、それが幸せだというのなら……私もみんなで一緒に幸せな毎日を過ごせたらいいなと思います。……大丈夫ですよ。ラウールさんにも危険なところはあるかも知れませんが、野蛮ではないのです。きちんとお話しすれば、分かってくれますし……ちゃんと、お願いは聞いてくれますよ」
ひっそりと輝く新緑の緑に、湖面の緑。視界中が様々な緑に彩られるオルヌカン城の中庭で、2人のレディは密やかに幸せを確かめ合う。
それはきっと、普通の人間には何の変哲もない日常の一片だろう。それでも、それぞれに核石という楔を頂く彼ら家族にとっては、その日常さえも特別な輝きを放つのだ。




