エメラルドの卵(5)
「一体、なんの騒ぎでしょうか……? 何かあったのですか、オルヌカン様」
「そうか……もうそろそろ、そんなお時間ですね。誠に申し訳ございません、実は、宝石鑑定士の偽物が現れたみたいでして。少し、昼食会の開催が遅れそうなのです……」
「はい?」
パスクワ最終日の昼食会を、ご一緒に。そんなお誘いをいただいていたので、それなりにおめかししてラウールご一行もオルヌカン城に駆けつけたものの。オルヌカン城の緑が深い中庭では……何やら、ちょっとした捕物があったらしい。そうして、人だかりの中心にいる容疑者の顔を見つめれば。迷惑なことに、片方がお知り合いなものだから、ラウール達も呆れずにはいられない。
「……この女、私達の個室に入ってきた奴だよな……?」
「そ、そうですね……。しかし、マダムは鑑定士さんだったのですか?」
「いや、偽物って言われている時点で……違うと思うけど」
【キュゥん(どうして、カンテイシをナノったりしたんだ)?】
彼女の方も自分を見つめる相手の中に、顔見知りがいることに気づいたのだろう。後ろ手に縛り上げられている格好のまま、馴れ馴れしく話しかけてくるが……。
「あぁ! 昨日のお兄さん達じゃないですか! ねぇ、ねぇ! 旅を一緒に楽しんだ仲ですし……私達が怪しいものじゃないって、証言してくれません?」
「……いいですよ?」
「本当⁉︎」
「おや、ラウール様のお知り合いでしたか? えぇと……」
「えぇ。非常に迷惑な方として、記憶に残っておりますね。お名前は存じませんが、俺達の個室に不法侵入してきた非常識な方でして。ふぅん? あなた、詐欺師だったのですか」
「って、ちょっと! そんな事を言われたら、ますます怪しまれるじゃない!」
「……ラウールの話に嘘はないぞ。大体、常識はないクセに、怪しさと胡散臭さだけは旺盛だったじゃないか」
プリンセス・イノセント(仮称)に有難いトドメの一言を頂戴し、いよいよ窮地に追い込まれる容疑者達。しかも、悪いことに……ドビーの懸念は偽物が現れただけではないらしい。いかにも困った様子で、彼らの罪状について述べ始める。
「実は、ラウール様に見ていただくつもりだったのですが、オルヌカンの至宝である“モリフクロウの卵”が盗まれていたようでして。おそらく、この者達が宝石鑑定士を名乗ったのには、私が鑑定士を手配している話がどこかから漏れた結果でしょう」
「おや、そうだったのですね。“モリフクロウの卵”と言えば……確か、エメラルドで覆われたイースターエッグでしたっけ?」
「その通りです。オルヌカンがマルヴェリアと通商条約を結んだ際に、互いの至宝を交換した時に贈られたものでして。当家にとっても最大級の宝であると同時に、国家の最重要文化財でもあります。そんな事情もあり、先方に失礼になるかなと……今の今まで、鑑定自体を避けてきたのですけど。今回はこうして、ヴランヴェルトの鑑定士さんにお越し頂いたのですから、ついでに見ていただこうと思いまして」
「……それはそれは……。万が一、偽物だった場合はマルヴェリアの威信に傷がつきますものね。とは言え……そこは大丈夫だと思いますけど。何せ、マルヴェリアの鉱床は大規模な上に、産出されるエメラルドの品質も飛び抜けています。豊かなエメラルド畑を持つマルヴェリアの贈り物が、偽物の可能性は低いかと。現に、オルヌカン様のラペルピンのエメラルドも、マルヴェリア王国産ですよ?」
そう言えば、そうでしたね……と、ラウールがお届けした鑑別書にも目を通したらしいドビーから、力ない笑顔が漏れる。そうして、馬鹿な事をしたものだと、バロウとベスに詰め寄るが……。
「さて……と。私としては、復活祭に手荒な真似をしたくはありません。きちんと盗んだ物を返していただければ、不問としますよ。さ、本物の卵をどこに隠したのか、教えてください」
「だから! 俺達が来た時には既に、偽物だったんだよ!」
「そ、そうよ! 私達は盗んでいないわ!」
本物の卵というキーワードが出る時点で、彼らの犯行手口は「すり替え」であるらしい。しかし、泥棒の出来もあまりよろしくなければ、偽物の出来も非常によろしくなかったらしく……ドビーがあからさまに疲れ切ったため息をつく。
「……あぁ、そうだ。プリンセス、チョコレートはお好きですか?」
「うむ? 唐突にどうしたのだ? 勿論、甘いものは大好きだが……」
「それは何よりです。……でしたら、プリンセスにはこちらを進呈いたしますよ」
「ほぉ? これは……卵型のチョコレートか?」
おっしゃる通りです、とドビーがもう苦笑いしかできないと説明してくださるところによると。本物の卵はあろうことか、チョコレートのイースターエッグに挿げ変わっていたらしい。その偽物こそが、イノセントに献上された、いかにも鮮やかなグリーンの銀紙に包まれたチョコレート、という事のようだが……。
「……ここまでお粗末だと、もう何も言えませんね……」
「え、えぇ……。あっ、イノセント。お味はどうですか?」
「……あまり、美味しくない……。ラウールが買ってくれたチョコレートの方が断然、美味いぞ……」
「老舗のベルハウスと比べるのは、残酷ですよ。それにしても……これは随分と鮮やかな手口ですね。こうも甘ったるい香りがしているとなれば、鑑定士を呼ぶまでもないでしょう」
最後に皮肉たっぷりにラウールがお手上げのポーズを取れば。ドビーも他の従者達も、肩を竦めずにはいられない。ドビーはなかなかに本物のありかを白状しない被疑者達を、牢にご案内する事にしたらしい。従者達にキビキビと指示を出すと、とにかく予定通りに昼食会を致しましょうと、やっぱり疲れた笑顔を見せるのだった。




