エメラルドの卵(4)
「本番は明日……多分、おもてなしも兼ねて、オルヌカン城では大規模な昼食会が開かれるはずよ」
「だろうな。そして、大目玉のモリフクロウの卵もご登場するに違いない」
バロウが大目玉、と舌なめずりをしながら想像を膨らませるのは、文字通りのフクロウの卵ではなく……エリザベートの肖像画と並ぶ、オルヌカンの家宝でもあるイースターエッグのことである。
プラチナのオリーブで作られた巣に抱かれる卵を、金の体にインペリアルトパーズの目玉を持つモリフクロウのカップルが愛おしげに見つめている……という構図を取ってはいるが。メインはフクロウではなく、鮮やかなグリーンに覆われた美しい卵3つの方だ。
エメラルドをふんだんに散りばめられた卵は細工も非常に凝っており、そっと割れば、中から金色に輝く雛が顔を出す。その価値は1つだけでも白銀貨1枚は降らないとも言われ、巣ごと奪えば一生を遊んで暮らしてもお釣りが来るほどの財産になるだろう。
「しかし、ベス。昼食会が開かれるのはいいが、どうやって紛れ込むつもりだ? 会場が中庭だったとしても、オルヌカン城の鉄壁加減は異常だぜ? 盗むにも、入り込めない事には話にならん」
「大丈夫よ。入り込む手筈は考えてあるわ。知ってる? その卵ですけど、今の今までしっかりと鑑定されたことがなかったんですって。で、聞いたところによると……今回はオルヌカンが前もって、宝石鑑定士を手配しているらしいの」
「へぇ、そうだったんだ。でも……それ、名乗っただけで入り込めるもんなのか?」
「もぅ、話は最後まで聞くものよ。今回はちゃんと、身分証も作ってあるから、余計な心配はしなくていいわ」
ベスが自信満々で取り出したのは、とある有名アカデミアの承認印(模造品)。彼女によれば昨年、ルーシャムに他所者の鑑定士がやってきていたとかで……一定期間、ガルシアが自慢げに市役所にその鑑別書を掲げていたらしい。鑑別書自体は宝石と一緒に、持ち主に返還されてしまっているということだったが。貪欲なベスが隣国のお宝事情と一緒に、そんな旨味のある話を聞き漏らすはずもなく。これは使えそうだと、記念撮影の写真に映る印面から、模造品をちゃっかり用意していたのだった。
「このヴランヴェルトの承認印さえあれば、屑石もあっという間に宝石に早変わりよ! 何せ、これを持っている奴は数人しかいないっていう話だし。とは言え……気軽にポンポン押したら、あっという間に足がついちゃうだろうけど。それでも、身分証明にももってこいだわ」
「ほぉ〜! そいつは凄いな! なるほど、これさえあれば……すんなり入れてもらえそうだな?」
「でしょう⁉︎ ついでに、鑑定するフリをしてお宝を根こそぎ頂きましょう!」
ちっぽけな承認印(しかも偽物)に大いなる安心感を見出して、安宿の一室で笑いが止まらないバロウとベスだが。しかして、彼らはヴランヴェルト流の宝石鑑定が何たるかを微塵も理解していない。
まず、承認印だけでは宝石の価値を保証することはできないし、重要なのは鑑別内容が記載される用紙の方である。ヴランヴェルトのアカデミアでは、卒業生の鑑定士には鑑別書や鑑定書の発行に所定の台紙を用いることを義務付けており、それ以外の用紙で発行された物は例え鑑定士本人が認めたとしても、無効扱いとなる。
更に細かい事を言えば、ヴランヴェルトの承認印には通し番号が本体に刻印され、印面自体にもきっちりと個体番号が入っているのだ。そして……その番号はヴランヴェルトの鑑定士アカデミアの台帳に紐付けされており、照会の依頼があれば、使用者の名前も判明する仕組みになっている。
そもそも、ヴランヴェルトの承認印は対象の鑑定士に「貸し出す」スタンスを取っており、身分証明を兼ねているわけではない。あくまで、鑑定士の身分はアカデミア卒業と同時に発行されるライセンスカード在りきである。
そんな業界の常識を知らず、模造品を誇らしげに握り締めるベスであったが。渦中の承認印のナンバーは、素敵なことに「001」。そのあまりに特徴的な番号は、ヴランヴェルトアカデミアの学園長が可愛い孫に持ち出しを許可している個体番号であった。
「……ふふ。早速、出かけるわよ、バロウ。今回はたっぷりと美味しい思いができそうね」
「そうだな。この際だ。明日はついでに、オルヌカン名物の子羊のオリーブオイル焼きとグーフォ・ディ・パスクワもご馳走になるとしようか」
普通であれば、復活祭のケーキはコロンバ・ディ・パスクワ……鳩を象ったものが主流であるが。フクロウを偏愛するオルヌカンでは、梟型のケーキが食されるのが一般的である。しかもケーキ自体も羽ばたく鳩のように可愛らしいものではなく、両目をギョロリと見開いた、ちょっと不気味な見た目だったりする。しかし、ここオルヌカンではオリーブとフクロウはラッキーモチーフ扱いのため、不気味さはあまり問題にされることもないらしい。
ケーキの不気味なディテールも颯爽と無視しつつ。幸運のお裾分けをしていただこうと、既に舞い上がっているバロウとベスではあるが。今から逆上せているようでは、まずまず前途多難である。




