銀河のラピスラズリ(1)
“次の満月の夜、リーシャ真教本尊が至宝・銀河のラピスラズリを頂きに上がります。
つきましては、皆様には十分にご注意いただきたく、くれぐれもご準備をお願いいたします。
それでは当日、お会いできる日を楽しみにしております。
グリード”
しばらく大人しかったと思っていた怪盗が、どうやら次のターゲットを見出したらしい。そうして忽然と現れた杏壇の予告状を手に、青ざめてホルムズの元にやってきたのは……教祖代理だという、若い僧だった。
「ど、どうしましょう! 狙った獲物は逃さないとまで言われる怪盗に目をつけられたとあっては……我が教団もおしまいです! そもそも……あの聖石は宝などという言葉で片付けられるような、俗なものではないのです! あぁ、どうしよう⁉︎」
「お、落ち着いてください、お若いの。……大丈夫ですよ、我々がすぐに駆けつけますし……それに……」
そこまで言いかけて、ホルムズの言葉が途切れる。つい口が滑りそうになったが……その先の内容は口外するのは憚られるものだったので、既の所で言葉を濁したものの。安心材料になる情報であれば、狙われた側としては是非に押さえておきたいだろう。藁にもすがる思いでやってきた依頼主にとって、彼の言葉の先が待たれるが……そうしてホルムズが言いあぐねているのを咄嗟に感じ取り、やや困惑気味に横にいたモーリスが、ため息まじりに口を挟む。
「……大丈夫ですよ、えぇと……」
「あぁ、申し遅れました。私はルトと申します……」
「すみません、ルトさん。……グリードには一度盗み出したものでも、自分にとって価値がないと判断すると、こっそりお宝を戻す奇妙な癖があるんですよ。現に……あの彗星のアレキサンドライトは偽物でしたと、ご丁寧にも鑑別書付きで返却されてきたのです。……ただ、持ち主のプライドまでは保証されませんので、色々と複雑だろうとは思いますが……」
あまりに情けない顛末は当然ながら、世には公表されていない。それもそのはず、見事にプライドを地の底まで叩きつけられたロヴァニアが敷いた箝口令があるせいで、グリードがお宝を返却した事実が明るみになっていないだけなのだ。相変わらず人を食ったやり口に、思わず苦笑いしてしまう警官2人。一方で、モーリスの力ない解説に、彼が言わんとしている事を理解すると……ルトが今度はさめざめと涙を流し始める。
「……それは、要するに……本物だった場合は返してもらえないし、偽物だった場合は我らの威信に傷がつく……という事ですね。でしたら……!」
「えぇ、もちろんですよ。……彼から宝石を盗まれないようにするのが、僕も最善の策だと思います。ですから……そ、その。警部……」
「うむ、分かっている。今すぐ我らも動くぞ。モーリス、済まないがメンバーをかき集めてきてくれ」
「は、ハイッ!」
久々の怪盗相手の出動に、こっそり遣る瀬ない気分になるモーリス。今回は大捕物にならなければいいなと、複雑な心境をひた隠しながら……仕方なしに、モーリスはホルムズの命令を粛々とこなすことにした。




