エメラルドの卵(3)
ティベルスのプラットフォームに降り立ったラウール一家を見つめるは、1組の男女。男の方はバロウ、女の方はベス。普段は馬車や列車での「置き引き」を専門としている、しがないコソ泥カップルである。
(ふふ……いたいた。ほら、あいつらが例のお得意様よ。とっても綺麗なブローチを持っていたのと……あの女、すっごい高そうな指輪をしていたわ。……全く、相席させてくれれば、難なくいただけたのに。まぁ、いいわ。すぐに私のものになるのだもの)
(ふぅ〜ん……ブローチに指輪か。悪くないな。しかし……見たところ、そこまでの金持ちには見えないが……。って、あれ……まさか、ドビー・オルヌカンか?)
そんな彼らが今回のターゲットに選んだのは、美しいラペルピンを持つ旅行客であるが……あろうことか、出立ちはあまりパッとしない彼らを出迎えたのは、オルヌカン領主のドビーその人だった。
「わざわざ来てくださったのですね。お久しぶりです、ドビー・オルヌカン様。まさか、ご本人様にお出迎えいただけるとは思っていませんでしたが……」
「いえいえ、ロンバルディアから遥々お越しいただいたのに、お出迎え1つしないのはオルヌカンの名折れというもの。急なお誘いにも関わらず、お越しいただけて本当に嬉しいですよ、ラウール様にキャロル様。それと、こちらは……?」
「あぁ、彼女はイノセントと申しまして。一応、俺達の養子という事になっていますが……」
「うむ! 私はイノセント・グラニエラ・ロンバルディアと言う! よろしく頼むぞ」
【キュゥゥン(いつのマに、イノセントはオウゾクになったんだ)……?】
見た目は子供、中身は超高齢の地球外生命体。そんな内部事情をひた隠そうと、ブランネルとヴィクトワールはイノセントに特別な名前を与える事にしたらしい。ある意味で世界の建国者でもある彼女を特別扱いするのは、当然と言えば、当然なのかもしれないが。しかして、その実情は白髭が彼らをまとめて孫扱いしたいがための、方便でもあった。
「な、なんと! これはこれは……お目にかかれて光栄ですよ、プリンセス。レディ・イノセントとお呼びしても?」
「それで良い! ふふ、たまにはこうして姫扱いされるのも、悪くないな」
「……その位にしておきなさい、イノセント。あぁ、そんなに畏まらなくて大丈夫ですよ、オルヌカン様。今の俺達は民間の宝石商ですので。こちらとしても気軽に観光に来ただけですし、必要以上の特別待遇は不要です」
「左様ですか……。でしたらご到着早々、気疲れさせてはいけませんね。まずはホテルまでお連れしますよ。あぁ、君達。すまないが、皆様のお荷物をお持ちして」
「かしこまりました」
「主人から、お話はお伺いしております。私共もお会いできて、光栄です。ラウール・ロンバルディアご一行様」
「い、いえ……お気遣いなく……」
ルーシャムの時よりは遥かに控えめで、かなり常識的なおもてなしではあるが。それでも、領主様ご自身がご案内を買って出たとあれば、目立ってしまうのは不可抗力である。そんな意図しない注目に、イノセント以外は気を揉みつつも。ここは早めに引き上げた方がいいだろうと、ドビーに連れられるがまま、いそいそとラウール達がその場を後にする。
(ねぇ、聞いた? バロウ!)
(聞いた、聞いた。ふぅ〜ん……なるほどなぁ。ロンバルディアの王族がお忍びで観光に来たのか。だとすれば……)
(えぇ! 新緑祭のパーティには、大本命のアレもお披露目になるかも! 早速、計画を立てるわよ!)
実は相当の特別ゲストだったらしいお得意様に、迸る熱視線を浴びせるバロウとベス。ついでに、王族の華やかな生活を想像しては、思い思いの妄想に浸るが……。そんな駆け出しの若いコソ泥カップルには、大きすぎる夢がある。
巷を常々騒がせている大泥棒に代わる人気者になることと、一生遊んで暮らせるような大金持ちになること。しかし、泥棒としての腕前もまだまだ未熟なら、審美眼は及第点にも満たない。有り余っているのは、ただただ若さと野心だけ。虎視眈々と狙った獲物が、実はお忍び王族(盛大な誤解含む)の皮を被った大泥棒一味であることなどは……バロウとベスには到底、見破れるはずもない事だった。




