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エメラルドの卵(2)

 列車が走り出して、約20分程。オルヌカン領に入ってから最初の駅・クーベルに停車中の車窓をイノセントが珍しそうに眺めている。そもそも、彼女は今回の旅行がオルヌカンへの観光だとしか知らされていないため、プラットフォームでさえも賑やかな理由が今ひとつ分からないのだ。だから、こうして興味津々とガラス越しの光景を見つめては……はて、奇怪なと首を傾げている。


「妙に緑色の装飾が多いような……。それと、人混みが目立つ気がする……」

「あぁ、今は復活祭でも聖週間の時期ですから。特にオルヌカンでは春の新緑祭も兼ねていることもあり、1年で1番、盛り上がる期間でもあるのですよ」

「復活祭に……新緑祭?」


 オルヌカンはロンバルディアとは異なり、キリスト教を国教と定めている。もちろん、国民が全員丸ごとキリスト教徒という訳ではないが、大凡8割がキリスト教徒でもあるため、そちら絡みのイベントを外すわけにもいかないし、祭りは祭りでも規律正しく厳格な傾向がある。……とりあえず面白(経済効果があり)そうだから乗っかっているロンバルディアのクリスマスとは、気合の入り方も段違いなのだ。


「復活祭を簡単に言えば、教祖様であるキリストが復活を果たした事を祝う日で、更にオルヌカンのパスクアは新緑祭……独立記念週間を兼ねているのです。肝心の独立記念日は聖週間の真っ只中ですが、生憎と、復活の鐘が鳴るまではお祝い事はされない決まりになっているのです。であれば、独立記念日ではなく独立記念週間を設けて一緒にお祝いしてしまいましょう、という事になったみたいですね。尚、オルヌカンはメベラス山脈の裾野に広大な原生林を残した、自然豊かな場所でもありまして。森林保全に力を入れています。そのため、国のシンボルカラーは緑ですし、イースターの装飾が尽くグリーンなのはそのせいですよ」

「そうだったのですね。今回はオルヌカン公のドビー様からのお誘いだったということでしたが……そんな大切なお祭りに呼んでくださったのであれば、きちんとお祝いしなければなりませんね」

「まぁ、そうなるかな。とは言え、俺はオーダー品の配達も兼ねているのですけど」


 キャリーケースとは別にしっかりと持ち込んだいつものトランクを開けて、恭しいケースに納められたラペルピンを思い出したように確認するラウール。

 しっかりと選び抜いて買い付けた1カラットのエメラルドは、一国の主人の胸元に添えるのにも申し分ないルースである。自慢の最高級品をオルヌカンの紋章でもある、モリフクロウが咥えるオリーブに添えてやれば。チェーン部分の通称・夜のエメラルドとも呼ばれるペリドットの輝きも相まって、さりげない中にしっかりとした気品が漂う逸品に仕上がっていた。


「綺麗ですね……。これをドビー様に?」

「その通り。オーダー料も申し分ない額をご提示頂きましたので、特別に配送サービスもすることにしたのです。……お品物が繊細な上に、貴重品ですからね。これは流石に、小包で送るわけにもいかなくて」

【……こういうモノはタシかに、ジブンでハコんでしまった方がいいだろうな。ハソンだけではなく、トウナンもカンガえなければならない。それに……】

「それに?」

【ジェームズ、こういうのキラいじゃない。ついでにリョコウ、ダイカンゲイ】


 ジェームズがしてやったりと、楽しげにそんな事を呟けば。キャロルもイノセントも嬉しそうに同意を示す。その様子に、たまには旅行も悪くないとラウールもつられてしまいそうになるが……彼の貴重なご機嫌を崩す者がいるのだから、つくづく()()()()()()


「ここも埋まっているかぁ……あっ。でも、1席空いてますね!」

「はい?」

「すみません! ここに座らせてもらっても、いいですか?」

「えっ?」


 ()()()()()()で列車旅も楽しみたくて、わざわざ特別料金込みの個室を予約したのである。それなのに、勝手にドアを開けてはズカズカと入ってくる淑女は、目敏く4人分のシートが1つ空いているのを指差しては、相席してもいいかと尋ね出すではないか。あからさまな図々しさに、全員が呆気に取られているうちに当然のように荷物を置き出すので……慌てて、お断りを入れるラウール。


「申し訳ありませんが、俺達はこちらの席分もきちんと予約して乗車しているのです。席は普通車両で見繕ってください」

「えぇ〜! いいじゃないですか! 旅は道連れ、世は情けって言うでしょ! しかも……わぁぁぁ! そっちのブローチ、とっても素敵! いいなぁ、これ……どこで買ったんですか? ねぇ、ねぇ! それ、私に譲ってくれません?」

「……人の話を聞いて下さい。まず、相席はお断りです。それで、このピンはお客様へお届けする最中なのです。売り物ではありません」

「じゃぁ、せめて少しの間、それを貸してくれません?」


 何がどうなって、その発想になるのかは分からないが。彼女の佇まいからするに、中流階級の一般市民といった出立である。売り物ではない以前に、彼女がオーダー料込みで金貨6枚を支払えるようには、とても見えない。それよりも素性の分からないような相手に、宝飾品を貸し出す馬鹿がどこにいると言うのだろう。


「すみません、マダム。この席はジェームズの席なのです。ですから、相席はできないのです……」

「ジェームズ?」

「えぇ。ここはこの子の席なので、申し訳ありませんが他を探してくれませんか?」

「あぁ、そう。そういう事? 全く……犬にも席があるのに、なんで私にはないのかしら! 大体、こんな美人を立たせておくなんて……」

「……はい、そろそろ出て行って下さい。あなた様の事は興味もありませんし、お伺いするつもりもありません」

「同感。私は煩い女は嫌いだ。……全く、ヴィオラが怯えているではないか」

「まぁ! なんて、口の聞き方なの! あなたが、この子のお父様? この子の躾、間違っているんじゃない? この私を煩いだなんて……」


 実際、とっても煩いです。

 そうしてイノセント以上に()()なラウールが、お得意のデビルスマイルを炸裂させれば。あまりの勢いに圧されて一瞬でお口を閉じ、スゴスゴと退出していく淑女(?)。いつもながらに、ラウールの眩しい(悍ましい)笑顔は厄介払いに非常に便利である。

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