掃き溜めのダークオーラクォーツ(22)
(全く、アイツは本当に僕の都合を考えないのだから……)
満月が夜空から撤収して、一夜明けてからというもの。ロンバルディア中央署は降って湧いた大容量のお仕事に、総員でかかりっきりだった。
お仕事の大筋はロツァネル署とマリトアイネス署への捜査と、グリクァルツ伯爵家への家宅捜索。そして、首謀者達の任意同行と事情聴取の3点盛りではあるが……こうして、被疑者確保に駆り出されたモーリスとしては、心細い以上に複雑な気分である。
「きっ、君は……あの憎たらしい小僧ではないか⁉︎ あの日、お前さえ通りかからなければ……!」
「えっと……あぁ、その節は弟がお節介をしたようで。伯爵様としては、ご都合が悪かったのでしょうけど……すみません。僕は弟のした事は間違っていないと思いますし、自業自得だと思いますよ」
「はっ?」
モーリスとラウールは双子である。顔も瓜二つならば、声もほぼ一緒。初見であれば、彼らを見分けることはほぼ不可能なため……色々と勘違いしている伯爵様が食ってかかるのも、自然な反応ではあるが。モーリスは彼の身勝手な言いがかりも含めて、ピシャリと叩き落とした。
「……グリクァルツ様。モーリス君は双子なのです。貴方様の人生をめちゃくちゃにしたのは、彼の弟君の方でしょう。あぁ、本当に……ラウール君は憎たらしい限りですな! 大人しく、ヴィオレッタを娶っていれば、私もこんな仕打ちを受けずとも済んだのに……!」
「……すみません、ブキャナン様。それも完全に逆恨みです。僕も弟も貴方達のしつこいアプローチは迷惑ですと、ハッキリ申し上げていたでしょう?」
「なっ……! 私はだね! 君達のためを思って……」
「それは僕達のためではなく、自分達のためですよね? ……いい加減にしてください。今の貴方は警視でもなければ、上司でもありません。僕からすれば、ただの被疑者です」
「くっ……!」
単独で難物貴族2人の相手はやはり、厳しいものがある。そうして、仕方なしに強硬な態度をとってみては……モーリスが元上司を凹ませるものの。任意同行とは言え、確固たる証拠が目の前の青年警部補の手にある以上、無駄な抵抗はしない方が賢明だとコッペルは自覚したらしい。しかし、抵抗はせずとも警察たらしの手腕には自信があるのか……相手がモーリスだけであるのをいいことに、貴族らしい手段に訴え始める。
「ほぉ、君はモーリス君と言うのだね?」
「えぇ、そうですけど」
「……警官の仕事はとても大変だと聞いているが、君は今の境遇に満足しておるのか? そうだ、もしよければ……」
「あぁ、貴方様の援助は必要ありません。僕は警察官の仕事に誇りがありますし、やり甲斐も感じています。仕事に見合った対価もきちんといただいておりますし……格下の貴族様からの援助なんて、要りません」
「はっ?」
権威をチラつかせるのは、良しとしないが。Eye for eye, tooth for tooth , hand for hand , foot for foot……目には目を、歯には歯を。自分の立たされている窮地がどれ程かを知ろうともしない貴族様に、同じ手法でやり込める事を決め込むと。普段は絶対に使わないはずのファミリーネーム込みで、改めて自己紹介をしてみるモーリス。
「あぁ、申し遅れました。僕はモーリス・ロンバルディアと申しまして。直接の血縁はありませんが、一応はブランネル公の孫に当たります。いざとなれば頼る先はいくらでもありますので、元伯爵様のお誘いを受ける理由もありません」
「へっ……? だ、だとすると……」
「えぇ、そういう事です。弟も同じ境遇ですから、王宮では不敬罪に対する公認貴族廃嫡の審議もしていると思いますよ。罪状に関しては、ヴィクトワール様の耳にも目にも入っているようですし……貴方が伯爵でいられるのは、今日限りでしょうね」
「……!」
いつになく意地悪な自分を自嘲しながらも……お仕事のためなら、多少は非情になった方がいいと割り切る。それでなくても、今は頼れる相手が1人もいないのだ。多少の虚勢を張らないと、彼らを去なすのは難しいだろう。
「な、何という事だ……。こ、これでは……」
「あの、モーリス君」
「どうしましたか、ブキャナン様」
「私は任意同行だけで済むのだよね? ほら、同僚の誼もあるし……」
「な、ブキャナン君! ここで私を見捨てる気か⁉︎」
「えぇ、元伯爵様のお相手をする必要はもう、ありませんから。私は警察でもありますし……この場合は貴方を逮捕する側でしょうかな?」
そんな訳、ないでしょうに。任意同行の対象者は、総勢5名。どこかの誰かさんに縛り上げられたまま移動を余儀なくされている時点で、彼もしっかりと共犯者なのだが……やはりと言うか、なんと言うか。不都合はさっぱり無視できる処世術を遺憾無く発揮しては、形勢逆転と胸を張る滑稽さがモーリスとしてはいよいよ、居た堪れない。
「これはあくまで予定ですけど……ブキャナン様は本日をもって、懲戒免職となる見込みです。この封書の記載内容から、ブキャナン様には収賄罪の嫌疑がかけられています。先ほども申しましたよね? 今の貴方はただの被疑者だと。お願いですから、もう何も言わずに大人しくついて来てください。……不敬罪まで上乗せされたいんですか?」
「あ、あぁ……これはこれは、失礼しました……。そぅか……そう、なるか……。あは、あはははは……。あははははッ!」
毅然とした態度を崩さないモーリスに、片や、ブキャナンは何かが崩れ落ちてしまったらしい。その場で人目も憚らず涙をこぼしては、狂ったように笑い始めた。
(……少し気の毒だけど。でも、彼がした事は許される事じゃない……。やっぱりこれは自業自得、なんだろうな……)
収賄罪は確かな事実ではあろうが、悲しいかな。そんなに珍しい罪でもないため、貴族(とその取り巻き)には甘いロンバルディアの法律では、減俸処分で済んでしまう事が多い。そんな中、彼の処罰が懲戒免職まで飛躍したのには……たった1人の娘を見捨てたという、非常識に対する隠れた怒りがあるからだ。その共通認識があるからこそ、今日のモーリスは気丈でいられるのだし……壊れかけたブキャナンを冷徹に見つめることも、できてしまうのだろう。




