掃き溜めのダークオーラクォーツ(21)
「それにしても、君は意外と嗜虐的なのですね。……かなり意外だったのですけど」
「あら、そうですか? ……ウフフ。何せ、今の私は強気なクリムゾンですもの。こちら側でいる時くらい、ちょっぴり暴れてもよろしいのではなくて?」
先程の暴れっぷりは、ちょっぴりどころではないと思う。そんな事を戦々恐々と考えながらも、こうして彼女を腕の中に抱いて見上げる満月は、尚も美しい。
「……それはそうと、この後はどうされるおつもりなのですか?」
「まず、例の契約書はロンバルディア中央署に提出するつもりです。この場合、マリトアイネスとロツァネルでは話になりません。……貴族と警察の癒着は今に始まった事ではありませんが、確固たる証拠を掴んだのですから……クククク。悪い事をしている貴族様をやり込めるにも、事欠きません」
「そう、ですわね。だけど……どうして、ブキャナン様はヴィオレッタ様を見捨ててしまったのでしょう……。どんな事があっても、彼女はたった1人の娘だと思うのですけど……」
「……貴族とは、そういうものらしいですよ。万事がお家の存続が第一、そのためなら肉親を見捨てることも厭いません。それに……ブキャナン家の降格は、ヴィオレッタ嬢が原因の部分もありましたから。……権力が大好きな彼がヴィオレッタ嬢よりも、グリクァルツの手を取ったのはある意味で、自然だったのでしょう」
そこまで嘯いて、さも報われないとため息をつく。もちろん貴族が大嫌いなグリードとて、貴族が全員揃って腐敗しているわけではない事くらい、分かっているつもりだ。しかし、彼が今まで見つめてきた光景は彼らの裏側……掃き溜めの景色があまりに多すぎる。
宝石人形達を秘密裏に所有してきたのも貴族ならば、カケラ達を歴史の裏側で利用してきたのも、やっぱり貴族。そもそも、彼らの居場所は価値的な意味でも、資産的な意味でも……一般市民には気づく事さえない、裏道にしか用意されていなかった。
今でこそ、ラウール達も日常の営みを許されてはいるが。胸を張って人間ではありませんと、化け物が堂々と宣言できるような受容性は微塵もない。もし世間様に白状してみたところで……冗談か笑い話にされて蔑まれるか、悪い精神病の類なのだと勘違いされるかのいずれかだろう。
「……それにしても、やっぱり君のお仕置きは一気にやり過ぎだと思いますけど。お可哀想に……彼、白目を剥いて失禁していましたよ? 拷問はジワジワ締め上げるのが、醍醐味だというのに。乗っけからあんなに怖がらせたら、聞き出せるものも聞き出せなくなるではないですか」
「あら、それは失礼いたしました。でも……彼の方はひとまず、傷が浅く済んで良かったのではなくて? それに、必要最低限のお話は聞けたと思いますけど」
「まぁ、確かに。しかし、ヴィクトワール様になんて報告しましょうねぇ……」
結局、コッペルから聞き出せたのはダークオーラクォーツの用途と取引相手まで。しかし、その2つの重要事項が騎士団的にはともかく、ヴィクトワール的には不都合すぎるものだったので……ストレートに報告していいものか、グリードは考えあぐねていた。
「伯爵様の取引相手は宝飾店・ジョワイエール……取締役はアンリエット・ラスィエ。そして、特別仕様のダークオーラは彼女の延命に必要な素材だった、と。……これ、偶然の一致であればいいのですけど。多分、そうではないでしょうね」
「……先程のお話ですと、ヴィクトワール様のご息女と同じ名前だという事でしたが……。でも……偶然、同名だった可能性もあるのでは?」
「勿論、その可能性もあるでしょう。何せ……ヴィクトワール様のご息女はロンバルディア城の修繕工事に巻き込まれて、既に他界しているのですから。その事を考えれば、偶然の一致だとする方が無理もない。ですけど……嫌な予感がします。根拠も、確証も、ありませんが。彼女がヴィクトワール様とは無縁ではないと、思えてなりません」
この件はヴィクトワールよりも先に、ホワイトムッシュに相談するべきか。そこまで考えて、まずは目先のエンターテインメントを楽しみましょうと、クリムゾンと共に帰途へ走り出すグリード。
傷害罪を揉み消すために、貴族と警察が仲良く友情を育んでいたとなれば、両家とも無傷では済まないだろう。そうして自分がエスコートを買って出た、彼らの行き着く先を思い描き始めたグリードはいよいよ、意地悪な笑いを抑える事もできない。そんな黒マスクの歪んだ笑顔を、腕の中から見上げては……クリムゾンは彼の方こそ嗜虐的ではないかと、思わずにはいられないのだった。




