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クレセント・レディ(10)

 結局、帰りが次の朝になってしまったと……身を引きずるようにして、家に辿り着くモーリス。きっと、クレセント・レディの処遇について、急ぎの用件があるのだろう。メイド1人を供に残し、他の3人はメーニック署で別れたきり、ロンバルディアに引き上げることにしたようだ。少なくとも、1番の大物(難物)でもあるヴィクトワールがいなくなったのはある意味で救いだが、残されたメイドにどこか監視されているような気がして、モーリスはやっぱり落ち着かない。


「まだ君の名前を聞いていなかった気がするけど。……もし良ければ、名前を教えてもらってもいいかな?」

「名前、ですか。えぇと……ナンバー32です」

「ナンバー……32⁇」

「はい。私は長月石(エルマンス)の32番目の試験体ですので……そちらが正式名称となります」

「……」


 彼女の身のこなしから、只者ではないとある程度は予想していたが……いざ、どこか作られたような笑顔でそんな返答をされると、何と答えていいのか分からない。そして、そんなモーリスの困惑を敏感に感じ取ったのだろう、ナンバー32と名乗ったメイドが今度はカラカラと面白そうに笑いながら、ようやくそれらしい名前を名乗る。


「ふふ、分かってますよ。通し番号では味気ないと仰りたいのでしょう? 私は普段、ヴィクトワール様にはソーニャと呼ばれております。ですので、私を()()()()扱ってくださるおつもりでしたら、是非にそちらで呼んでくださいませ」

「う、うん……そうさせてもらおうかな。それじゃ、ソーニャ。今日は……お疲れ様でした」

「はい。お疲れ様でございました、モーリス様」


 互いに何かを確かめ合うようにそんな事を言いながら、我が家兼・アンティークショップの扉に手をかけると「CLOSE」にしてあったはずのプレートが、「OPEN」にひっくり返されているのに気づく。その文字を見た瞬間、居ても立ってもいられないと店内に足を踏み入れれば。……そこにはモーリスとしては見慣れた、不機嫌な顔でゆっくりと売り物を磨いている同居人の姿が目に入った。


「おや、兄さん。……数日は久しぶりの非番だったと記憶していましたが、今までどこに行っていたのです?」

「あぁ、その。色々とあってね。とにかく……ただいま」

「はい、お帰りなさい。えぇと……それでヴィクトワール様は?」

「……お帰りになったよ、ついさっき。だけど……」


 ヴィクトワールご帰還の()()に失礼にも、それなりに嬉しそうな顔をするラウール。彼のちょっと不気味な笑顔に気まずい思いをしながら、モーリスが自分の背後に控えていたソーニャにも店の中に入るように促すと……彼女に気付いた弟の顔が一気に、不気味な笑顔からいつもの仏頂面に逆戻りし始める。


「……なるほど、あの騎士団長様はメイド(監視役)を残して行かれたのですか」

「今回の事件が事件だったから……多分、心配してくれているんじゃないかな。ラウールは自分で色々とできるだろうけど、僕は軟弱だからね」


 モーリスの背後に佇む存在をあからさまに気に入らないと、兄の返答に鼻を鳴らすラウール。明らかに彼女を歓迎したくない空気を醸し出す、弟の不機嫌に気を揉みつつ……兄としてきちんと紹介しなければと、お役目を全うするモーリスだったが。


「彼女はソーニャ。……えぇと……」

「……分かっていますよ。その瞳を見るに……俺と()()なのでしょ、そちらのソーニャさんも」

「お察しの通り……私もラウール様と同じカケラと呼ばれる存在ですわ。とは言え……私自身は半貴石に該当しますので、ラウール様の()()にはとても及びませんけれど」


 目には目を……という訳ではないのだろうが、ラウールのどこかわざとらしい慇懃さに負けじとご丁寧(皮肉まじり)な注釈を入れ始めるソーニャ。2人の空気が心なしかピリピリしているようにも感じられて、最低限の硬度すら持たないモーリスの精神は、蜂の巣寸前だ。


「……それで? その()()()さんは、いつまでこちらに滞在予定で?」

「ずっとですわ」

「……今、何て?」

「ですから、この身が砕けるまでずっとです。ヴィクトワール様から今回の任務に同行する際に、そのようなご命令もございました。……フフフ、ご心配召されなくても大丈夫です。別に常々、監視するつもりはありませんわ。丁度こちらの2階に空き部屋もあるみたいですし、住み込みで働かせていただきますので、気軽に私をお使いくださいませ。という事で……今後ともよろしくお願いいたしますわ。モーリス様に、ラウール様」

「……兄さん。これ……どういう事ですか?」

「い、いや……僕は何も聞かされてないぞ……?」


 そうして強引に居座る事を宣言した後、満面の笑みで彼らに向き直るソーニャ。その笑顔に何かの強迫観念を感じると……互いに慰めるように肯き合う、モーリスとラウール。何れにしても、これからは気楽な2人暮らしから、面倒な3人暮らしになりそうだ……そんな降って湧いたような苦境に、モーリスはいよいよ泣きたくなるのを堪えるのが、精一杯だった。

【おまけ・ムーンストーンについて】

「恋人達の石」とまで呼ばれ、殊に恋愛系のパワーストーンとして重宝される宝石です。

そのためか、アクセサリーとしても割合手軽に手に入れられる宝石の1つかも知れません。

モース硬度は約6.5。非常に美しい石ではありますが、硬度が足りない為「半貴石」に分類されます。

今回の題材に選んだのには「トラウマの癒し」……と少々グサリとくる石言葉があったのと、純粋に女性性の象徴であるらしいことからだったのですが。

……何かに執着している女の人は本当に怖いです(ブルブル)。


それはさておき、作中では「エルマンス」をルビとして振っていますが、当然ながら月長石ムーンストーンを指す言葉ではありません。

ちょっとした符丁で使っているだけですので、あまり深く考えないでくださいませ。

(オマージュ先の斧を三日月にひっかけるために鎌に変更したのは……流石に強引だったかも知れないと、ちょっと反省しています……)


【参考作品】

『八点鐘(第6話)・斧を持つ貴婦人/怪盗紳士・アルセーヌ・ルパン』


クレセント・レディのディテールと“エルマンス”の名称を拝借しております。

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― 新着の感想 ―
[一言] 本格的に物語の核心に触れていくお話でした。 貴族たちの手によって何かしらの手を付けくわえられたとする試験体にカケラと呼ばれる人たち。 一体どんな実験が行われているのか気になります。 連続殺…
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