掃き溜めのダークオーラクォーツ(20)
「この薄汚い泥棒如きが……! それは、お前達が持ってていい代物ではないぞ⁉︎ どうして、それをお前が持っているんだ⁉︎」
「ふ〜ん……左様で? 彼女が持って来てくれたお土産にケチをつけるなんて。タダの貴族如きが……いい度胸ですね……?」
「あっ……あなた、ドウドウ……。私が無理やり取り上げてきたのは、間違いないですし……怒られるのは、当たり前ですわ。でも、そのお怒りようだと……これ、そんなにも宜しくないものでしたの?」
クリムゾンが誰かから「無理やり取り上げて来た」それに、コッペルがどうしてそこまでお怒りになるのか、グリードには分からないが。しかして、どこまでも無邪気な様子で首を傾げながら、悪びれることもなくクスクスと笑うクリムゾンには、その理由に心当たりがあるらしい。それをどこで「どうして見つけて来たのか」をきちんと説明し始める。
「この鍵は伯爵様のご家族から頂いて参りましたの。他の皆様は揃って、ガレージにおいででしたわ」
「はっ……?」
「……あぁ、そう言うことですか。これ、蒸気自動車の鍵ですね……」
「しかも、ルメオ様がおっしゃるには……伯爵様のお車は最新モデルみたいですよ?」
要するに、だ。コッペル以外のご家族は自分達の窮地にいち早く反応し、あろう事か当主を置き去りにして逃げるつもりだったようだ。
蒸気自動車はボイラーがどうしても容量を逼迫するので、定員は2名……ぎゅうぎゅうに詰めても、3名が限界だ。しかし、馬車と比較して圧倒的にスピードに優れ、馬のご機嫌を窺う必要もないので、逃避行には適していると言えるだろう。しかも……。
「……最近はスペクトル鉱を用いての蒸気自動車が出回っていましたっけね。いやぁ、さっすがお金に汚い貴族様。最新鋭の高級車をお持ちだなんて、やりますね。しかも……なるほど、なるほど。俺が伯爵様と巡査部長のお相手をしている間に、他の皆様はお逃げ遊ばすつもりだった……と。でしたら、クリムゾン。当然……」
「えぇ、もちろん! 鍵を頂くついでに、皆様には先んじて、お縄を打っておきましたわ」
「クククク! 流石、俺の相棒です。仕事が早い」
そうしてクリムゾンの腰をクイと引き寄せ、彼女に嬉しそうに頬擦りするグリード。そうされて、クリムゾンも誇らしげに口元に満面の笑みを浮かべるが。伯爵様にしてみれば、陳腐な寸劇は見飽きた以前に……彼らの仲良し加減も必要以上に、都合が悪い。
「そのお顔ですと……あぁ、妬いてます? でも、どうです? 双方から追い詰められるのも、なかなかにオツなものでしょ? さて……と。そろそろ、本格的に尋問を始めましょうかね。と、言うことで……」
「分かっていますわ、グリード様。……ウフフ。ダンマリさんのお仕置きは、私にお任せくださる?」
「えぇ、結構です。口を割らない場合は縄ではなく、愛の鞭を差し上げてください。それにしても……君は必要以上にサディスティックなのだから、いけない」
「まぁ! 獰猛な虎には、猛獣使いが必要でしょう? 私の得意武器が鞭なのは……必然というものですわ」
ここで厄介なのは詰問担当のグリードではなく、懲罰担当のクリムゾンの方らしい。サドっ気が旺盛らしい女怪盗が嬉々として腰からシュルリと鞭を取り出して見せると、ピシリと強か打ち鳴らす。
今宵の彼女が鞭を与えるのは扱いづらい虎ではなく、2人の哀れな被疑者達。真っ赤な真っ赤なルージュの唇をキュッと三日月に吊り上げて、さも嬉しそうなクリムゾンだが……。一方で、彼女にこんな一面があるなんて想定していなかったグリードにしてみれば、普段の彼女と今の彼女のどちらが本性なのかと考えてしまう。……いずれにしても、どちらの彼女でも下手に怒らせない方が良さそうだ。
「あ、あの……そろそろお暇を……」
そんな状況でこれ以上は付き合いきれないと、思ったのだろう。先程までの威勢も吹き飛ばされて、大物刑事様が暇乞いをし始める。
「おや! ここで退場はあり得ませんよ。しかし……ふむ。確かに、この先はブキャナン様には無関係でしょうかね?」
「そう、そうなのだよ! い、いや〜……流石、天下の怪盗紳士殿だ。話が早……」
「……あぁ。1つ、訂正していいですか? 俺は怪盗紳士と呼ばれるのは、非常に嫌いでしてね。ですから……クク。あなたにはひとまず……不正解への罰として、悪夢を提供しましょうかね?」
「え……?」
It's not going to be that easy……しかし、そうは問屋が卸さない。ここは退場ならずとも、最後までお付き合い頂きましょうと……愛おしげに摩っていたクリムゾンの腰から手を離したと思ったら、ブキャナン巡査部長の背後で大泥棒がニヤリと微笑む。その気配にブキャナン巡査部長が恐る恐る、背中越しの彼の不気味な笑顔を見上げた刹那……抑えられた口元から、素敵な夢の香りを嗅がされて。まずは1名様ご案内と、大物刑事様がグッスリと悪夢の中へと陥落していった。
「ブ、ブキャナン君⁉︎」
「はい、これで根掘り葉掘り……都合が悪い事も全部聞き出せますかね。さてさて……コッペル・グリクァルツ様。あなたの方は、俺の質問にしっかりと答えてください。まず、1つ目。……このダークオーラの用途は?」
「そんなの知らん!」
「うふッ! 知らないで済むと、お思いですの? ……でしたら、伯爵様。歯を思いっきり、食いしばってくださいまし!」
「フギャッ⁉︎」
おぉ、おぉ、なんと恐ろしいことよ。猛獣使い相手に、無謀にも知らぬ存ぜぬを決め込めば。その瞬間、伯爵様の鼻っ柱に真一文字の衝撃が走る。彼女の正確無比なお熱い愛の刺激に……クラクラしている伯爵様は既に涙目だ。
「……さ、お答えをもう一度、お願いできますかしら? もし、それでもお口を割らないのであれば……次はその立派な鼻を平らに整えて差し上げましょうね。よろしくて?」
「あぁ、クリムゾン。傷を作るのは構いませんが、勢い余ってやり過ぎないようにお願いしますよ。まぁ、でも。この場合は、かの哀れなお嬢様とお揃いにする意味でも……面影を叩き潰すのは、許されますかね?」
「ヒィッ……!」
結局、サディスティックなのはグリードも同じらしい。無駄に息もピッタリのコンビネーションを鮮やかに見せつけては、尚も平然と恐ろしい事を言ってのける。しかし、このお仕置きはあくまで前座でしかない。そんな前座にしては、あまりにホットなアプローチをやり過ごすのに精一杯な伯爵様には……本当のお仕置きがこの先に待っているなんて、知る由もないことだろう。




