掃き溜めのダークオーラクォーツ(19)
こうして面と向かって顔を合わせるのは、初めてだが。やはり世間様の注目を一身に集めて、暗躍する怪盗紳士というものはオーラが違うものらしい。底知れぬ威圧感が宿る、鋭い瞳に睨まれてからというもの……ブキャナン巡査部長は、自身の選択は間違っていたのだと少しだけ理解し始めていた。
彼はあくまで貴族同士の取引をしたつもりでいたが、どうやら取引相手は相当に不味い状況だったらしい。大泥棒の嗅覚を刺激するような秘宝を所持していたのも、想定外だが……その秘宝絡みで違法行為に手を染めているなんて、誰が想像できようか。
「その……グリード君」
「……はい、如何しました? ……と言うか、あなたはどちら様でしたっけ? 貧相な身なりからするに……使用人さんですかね?」
向こう側では不本意ながらも、彼とは顔見知りではあるのだが。こちら側では初対面なのだし、敢えて軽々しく扱ってみる。すると……泥棒から貴族に相応しい待遇を引き出せないことが余程、気に入らないらしい。頼みもしないのに、伯爵様のゲストが自身の華麗な経歴と立場をご説明くださる。
「う、うぐ……! 私はトマ・ブキャナン! ロンバルディアの男爵であり、中央署で警視を務めたこともある大物だぞ! それはそうと、グリード君。何か勘違いされているようだったら、一応、申し上げておくが。私には今の話は無関係なのだ。今夜はたまたま、伯爵様に呼ばれて来ていただけで……」
「なっ⁉︎ ここにきて、知らぬ存ぜぬが通用するとでも⁉︎」
軽佻浮薄とはまさに、この事を言うのだろう。自分で大物と言い切る、素敵すぎる思考回路から導き出されるのは、正義とはどこまでも無縁なその場凌ぎの逃走のみ。グリードの手に契約書がある時点で、無関係を決め込むことはできないはずなのだが……彼は悉く、不都合は無視できる気質らしい。その様子に、ヒースフォートでの無謀っぷりを思い出しては……改めてお手上げのポーズを取らずにはいられないグリード。
「あぁ、あなたがあのブキャナン様でしたか」
「うむ! いかにも……」
「あまりにお仕事が優秀とは真逆すぎて、降格した恥晒しでしたかね。まぁ……俺は警察は揃いも揃って、間抜けの愉快な方々だと思っていますけど」
「な……!」
ビシビシと遠慮のない悪口を吹きながら、さも愉快だと腹を抱え始めるグリードだったが。一頻りわざとらしい笑いを振りまいた後、ゾワリと背筋が縮むような冷たい声色と視線とを、自称・大物刑事にくれてやる。
「でも……あなたの場合、愉快程度では済まないと思いますね。貴族が大嫌いな泥棒めにしてみれば、あなたの仕事への姿勢は不愉快にも程があります。ククク……それはそうと、あなたがここにいるのも丁度いいこと、この上ない。今回のミッションには、ご息女の葬儀さえも無視した薄情者へのお仕置きも含まれていますから。さて、ブキャナン様。……地獄の底まで、叩き落とされる覚悟はできておいでで?」
“手向けの花を忘れたことを後悔させて差し上げましょう。”
それは何も、グリクァルツ伯爵だけに向けたメッセージではない。契約によって伯爵家と一蓮托生に成り上がった、落ちぶれ貴族へも向けていたものだったし……彼がここに居合わせているのは、その一文に危機感を募らせた結果でもある。それなのに……ここまでノコノコとやって来て、知らぬ存ぜぬを決め込むとなると。彼の面の皮はグリードの仮面以上に分厚く、強固なのだと思わざるを得ない。
「あら……グリード様。まだ、お仕置き途中ですの?」
「意外と早かったですね、クリムゾン。……どうでしたか? お外の皆様のおもてなしは。少しは楽しめました?」
「ふふふ。どの殿方も一生懸命で素敵でしたよ。ですけど……やっぱり私には、物足りませんわ。誰1人、私に指1本触れられないのですもの。……手練れ揃いの警察が聞いて、呆れます」
2人の被疑者はとうとう、運にも見放されたらしい。この状況でやって来たのは、自分達側の救援ではなく、大泥棒側の増援。ツカツカと真っ赤なブーティのヒールを鳴らしながら、グリードの隣にやってきては……他の殿方が指1本触れられなかったと言う腰を、グリードには抱くことを許す仮面の女。そうして一頻り、お熱い様子を見せつけた後……彼女が思い出したように「お土産があるの」と、グリードに何かを差し出している。その一連のお芝居に呆れながらも、泥棒の手に渡ったお土産の正体が判明すれば。いよいよ、伯爵様の窮地も崖っぷち……コッペルは声を荒げずにはいられないのだった。




