掃き溜めのダークオーラクォーツ(18)
「紳士淑女の皆様、Bon soir……こんばんは、と言いたい所ですが。おや……もしかして、泥棒はお呼びではない? 予告状を出して、おもてなしと一緒に覚悟の準備もお願いしておりましたのに。そんなにおっかない顔をされたら……色々と、興醒めではありませんか」
勿論、コッペルも出来うる限りのおもてなしの準備は、抜かりなくしていたつもりだ。精鋭揃いだと信じていたロツァネル署の面々に、金さえあれば手を尽くしてくれる用心棒に殺し屋。広大な城のありとあらゆる場所で、頼もしいガードマンにも夜会に参加してもらっていたはずなのに。
しかし、そこに佇むは紛れもない、漆黒の現実。ありもしない栄光を勘違いしていた伯爵様と、不安を拭えない巡査部長の前には……口元に弓形の牙を見せる、悍ましい笑顔の怪盗紳士が立っていた。
「お前……どうやって、ここに辿り着いた⁉︎ おい! 誰か、誰かいないのかッ⁉︎」
「……無駄ですよ。全員、今頃は素敵な夢の中でお休み中でしょうから。クククク……! 誰も彼もがおもてなしの所作を心得ていないのですから、非常によろしくない。ですので、1つ……忠告をしておきましょうかね。この大泥棒相手に、小手先の悪あがきは通用しないと心得なさいな。とは言え……ククク。あなたが俺の忠告を活かせる場面は金輪際、訪れないと思いますけど」
最後は嬉しそうにお手上げのポーズを取りながら、肩を竦めて見せるグリード。しかして、紫色の瞳にあからさまに獰猛な威圧感を感じて……伯爵様もブキャナン巡査部長も縮み上がっては、フルフルと震え始める。それもそのはず、わざとらしく手のひらを向けた彼の指先には、見覚えのあるデューツィアをあしらった恭しい封書が収まっているではないか。今度はその煤色の現実に、底知れない恐怖が伯爵様を容赦なく襲い始める。
「お前、それをどうするつもりだ⁉︎」
「う〜ん……どうしましょうかねぇ。とりあえず、警察に代理で提出して差し上げましょうかね。……この泥棒めは今、とっても機嫌が悪いのです。こうも城中に腐敗臭で満たされれば……貴族様のやり口に吐き気を催すのも、反吐が出るのも、当然でしょう?」
吐き捨てるように飄々と嘯きながら、都合の悪い証拠品を懐に収めつつ。今度は手品よろしく、グリードは指先に鈍い灰色の宝石を摘み上げて見せる。それは紛れもなく……グリクァルツ家宝の大元であり、何よりも隠し通さなければならない後ろ暗い灰結晶。白グローブの手元でキラキラと輝きながらも、尚も感覚が麻痺しそうな背徳の悪臭を撒き散らす。
「……さて、まずはお喋りからお願いしましょうか。こいつについて、根掘り葉掘りお聞かせ願いたいのですが?」
「別に、そいつが何だと言うのだ。それはタダの……」
「おや、こいつが普通のダークオーラクォーツなものですか。かつて、あなたのお祖父様が国王に献上した“機械仕掛けのカナリア”は、これと同じ鉱石を胸元に搭載していたようですね。その結果、彼女は気ままに歌い、気ままに飛び……そして、最後に絶望の言葉を吐くまでの命を宿していた。そう……こいつは普通の宝石じゃありません。全面的に取引が禁止されている、特殊鉱石です。そして……それが禁止されている理由はたった1つ。この宝石が他の命を犠牲にして、他の命を助けうる魔法の水晶だから……でしたかね」
あの日……グリクァルツ家の面々が家族総出で道中を急いでいたのは、取引相手が絶対に怒らせてはならない相手であり、ロツァネルの秘密を全て知る者だったから。かの組織はロツァネルの衰退に悩んでいたコッペルの祖父に、禁断の秘術の大元を齎した存在であり……元本を提供していた上得意客だった。
そして、組織の現在のボスは同じ年頃の娘とお喋りをするのを、楽しみにしているらしい。父と息子は背徳の取引を担当し、母と娘はご機嫌取りのお茶のお相手を担当して。一連の取引は、ロツァネルの繁栄を裏で牛耳る彼女のご機嫌を終生損なわないためであるし、多大な見返りを得るための手段でしかない。大人しく機械仕掛けの体を維持するための魔法を提供さえしていれば、グリクァルツ家は後世に亘る安泰を約束され……実際に組織から齎された技術はロツァネルを大いに発展させ、旨味さえも提供してきたのだった。




