掃き溜めのダークオーラクォーツ(17)
「こんばんは、警察の皆様。私はクリムゾン……グリードの相棒にございます。申し訳ありませんが、生憎と主人は多忙ですので、代わりに私と遊んではいただけませんか?」
「クリムゾン……?」
「お、おい……グリードに相棒がいるなんて、聞いた事ないぞ?」
ロツァネル警察と記者達が屯するは、グリクァルツ伯爵家の立派な中庭部分。彼らが今か今かと待ち侘びていたのは他でもない、世間を騒がすのが大好きな大泥棒・グリードである。しかし、現れたのは漆黒の怪盗紳士ではなく……クリムゾンと名乗る、真っ赤な瞳に真っ赤なルージュの、いかにも怪しげな女だった。
「と、とにかく……こいつもグリードの仲間かもしれん! 捕まえろっ!」
「早速、遊んでくださるのですね? ……ふふ。鬼ごっこは得意でしてよ?」
多勢に無勢。普通であれば、絶体絶命の大ピンチと慌てる局面だろうに。それでも余裕の態度と、やや気取った口調で皆々様に応じては、クリムゾンが手にしたステッキを振りながら、いかにも嬉しそうにウィンクする。
蠱惑的でありながら、幼ささえも同居するミステリアスな魅力。裾の長い上着の下に、ピッタリとしたジレを着込んでいるせいもあるだろうが……クラバットの3段フリルで強調された胸元には、しっかりと豊かな膨らみが鎮座していた。そんなメリハリのあるボディラインを惜しげもなく披露しながら、鬼さんこちらとクリムゾンが悪戯っぽくステップを踏んで見せる。さてさて、そんな魅惑のお遊びに真っ赤な瞳で誘われれば。手練れの警察官達も、ピョンピョンと跳ねる彼女の尻を追いかけずにはいられない。
「まぁ……皆様、もしかして運動不足ですの? ほらほら! そんな鈍足では私は勿論のこと、主人をお縄になんか、絶対にできませんことよ?」
「な、何だと⁉︎」
しかし振る舞いは無邪気でも、逃げ足は超一流。警官諸君の恋心を焦らして、焦がして、焦らせて。付かず離れずの丁度いい距離感を保ちながら、あとちょっとのところでスルリと容易く、彼女を捕まえようとする幾重の手を掻い潜るクリムゾン。そのあまりに連れない振る舞いに……とうとう、痺れを切らしたらしい。一団の中でもお偉い様と思われる大男が、いよいよ攻撃命令を出し始めた。
「……人を馬鹿にしおって……! こうなったら、構わん! 撃て、撃て!」
「あら! ロツァネル警察はとっても積極的ですのね。か弱いレディのハートに、銃口を向けるなんて……」
自分でか弱いレディと嘯きながらも、そこはグリードの相棒というもの。口元に余裕の笑みを絶やさずに、ステッキの頭にお座りしているウサギを握りしめ、その身をスルリと引き抜けば。仕込み杖だったらしいステッキをケインソードに早変わりさせると、打ち込まれる銃弾を悉く弾き返す。
「は……?」
「これは一体、どういう事……だ?」
「ウフフ。驚きまして? こんな生温いアプローチでは、私のハートは射抜けなくてよ? これでも、グリードのパートナーですの。……お生憎さま。私は皆様の腕に収まる気も、お縄に縛り上げられる気もございませんわ。……さて、と。そろそろ……お時間かしら?」
きっと今頃、そのパートナーは伯爵様の大事な大事な秘密を探り出して……ターゲットに意地悪をたっぷりしている事だろう。彼女の荒業にハートどころか、度肝を撃ち抜かれて呆然としている皆様を安心させるように、最後にニッコリと微笑むと。クリムゾンがここぞとばかりに、最大級の悪戯を発動させる。
「申し訳ありません、主人はとっても多忙ですの。ですから、今宵は代わりにお相手を務めさせていただきました。あぁ、それと。素敵な記者の皆様、くれぐれも私のことは悪く書かないでくださいましね。もし、悪口を書かれたら……グスン。私、泣いてしまいますわ」
「お陰で面白そうな記事が書けそうですし……そんな、悪く書くなんて」
「あら、そう?」
「そうそう! あっ、そうだ……はい、クリムゾンちゃん! 目線、ちょうだい!」
「あっ、こっちも頼むよ!」
「まぁ! こんな所で記念撮影ですの? えぇ、えぇ、勿論……と申し上げたい所ですが。フフ、すみません。私もそれなりに多忙な身なのです。ですので……お遊びはここまで。“Bonne nuit”、おやすみなさいませ、皆様。ご機嫌よう!」
「えっ?」
取り巻き達にもありったけの愛想と悪夢を振りまくべく、腰から取り出した麻酔銃を素敵な皆様の足元に打ち込んで。時間稼ぎのお仕事も完遂とばかりに、クリムゾンは相棒の元へ走り出す。
彼女がお遊び役を仰せつかったのは、伯爵家の規模が想定以上に広かったこともあるが……彼女自身を大々的にお披露目する目論見もあった。それはいつかの嘘を真実に変換するための、1つの狂言。子沢山とばかりまでは行かずとも。大泥棒には奥様が本当にいるという、話題を退屈な皆様に提供するのも悪くない。




