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掃き溜めのダークオーラクォーツ(16)

 逃げ出すべきか、それとも手柄を狙うべきか。どちらを選んでも破滅の結末しかないことを、ロツァネル領主・コッペル・グリクァルツは理解していない。それどころか、逆に怪盗紳士とやらを拿捕して、更なる()()()を決め込むと……怯え切った様子のブキャナン巡査部長に、気付け薬代わりのワインを注いでやる。


「そんなに怖がらずとも大丈夫だよ、ブキャナン君。どうせ、相手はただのコソ泥……精鋭揃いのロツァネル署の皆に任せておけば、心配ない」

「そう、ですな……。しかし、あの予告状が少しばかり……気にかかるもので……」


 かつてはなんちゃって警視だったとしても、ブキャナン巡査部長もそれなりには怪盗紳士の()()()()くらいは把握しているつもりだ。

 いつかの時に協力してやったハースト元取締役も、グリードにしてやられては……しっかりと「殺人罪」が立証されて塀の中の生活を余儀なくされているし、赴任する前に行われたというリーシャ真教の検挙にも怪盗紳士が一枚噛んでいると、専らの噂だった。

 例の怪盗紳士は悪戯好きな上に、どうも変な部分で正義感が強いのか……盗みのついでにターゲットの地位をこっぴどく叩き落とすだけでは飽き足らず、不正や不当を見つけると、詳らかにせずにはいられないタチらしい。もちろん、彼の()()()は貴族嫌いが出しゃばっている部分も否めないが。何にしても……そのやり口に、容赦は一切ない。

 だからこそ、難敵が各新聞社宛に出してまで広めた予告状に、明らかなる()()()を嗅ぎ取った一文が踊っていたのにも気づいて、ブキャナン巡査部長は殊の外、気を揉んでいたのだった。


(それでなくても……もう、あんなに記者が集まっているじゃないか……。どうして、伯爵は追い返さないのだろう)


 それは稚拙な過信と傲慢の顕れである。世間様に怪盗紳士逮捕の瞬間を示せたのなら、それだけでグリクァルツ家は一躍ヒーローになれるだろうし、ますますロツァネルの財政が潤うことも想像に難くない。何せ、ロンバルディア市民にとって怪盗紳士は登場そのものが最大級のエンターテインメント。八面六臂で暗躍する大泥棒が最後を迎えた(逮捕された)地ともなれば、観光産業の旨みも狙えることだろう。

 そうして、グリクァルツ伯爵家は()()()、そちら方面の波及効果も期待しては……灰色の名が示すとおり、判断も大いに曇らせていた。


***

「あぁうぅ〜……私もズバッとお仕置き、したかったぞ」

【コンヤはムこうガワのおシゴトのヒだ。イノセントとジェームズはおルスバン、シカタない】

「ムゥ……」


 好奇心を満たしてくれるテレビ受像機に齧り付きつつ。イノセントが頬を膨らませては、ジェームズに宥められている。今宵は満月。予告状通りに、ロツァネルに出かけていったグリードとクリムゾンを見送ったはいいが。盗み以上に悪者を懲らしめに行くともなれば、好奇心が旺盛でダダ漏れがちなイノセントにお留守番は退屈すぎる。しかも、悪いことに……今夜が出陣とあって、テレビ受像機が映し出すのは、怪盗紳士の経歴と複雑(と誤解されている)な恋愛模様のダイジェストだった。

 待機命令に不服なイノセントが、憎らしげに画面を見やれば。受像器の中でグリードの愛人だと名乗る、見ず知らずの女が嬉しそうに彼の活躍を語っているのだから……ますます、滑稽である。


「……呆れたものだな、人間というのは。どうしようもない事を騒ぎ立てて、ありもしない事を喋り散らして。どうせ……愛人がいるという噂も、グリードが適当に嘘をついただけだろうに」

【ダロウな。……グリード、アイジンをツクれるホド、キヨウでもない。ついでに、おカネもない】


 それは言えているな……と、イノセントが嬉しそうにカラカラと笑いながら、最後にため息を吐く。グリード……もとい、ラウールには何かにつけ孤児院やら、個人企業やらに出資する癖があるらしい。何かに取り憑かれているとしか思えない彼の散財(寄付)は、イノセントには不可解ですらあったが。無駄遣いに関して、不思議とキャロルも何1つ口を挟まないし……寧ろ、良いことだと喜んでいたりする。


「今回の報酬も景気良く、ばら撒くつもりなんだろうか?」

【……タブン。グリードのキフはセンダイの()()()()をウけツいだモノだ。イマのグリードが()()になるのは、そのせい】

「でも……少しは無駄遣いして良いと思うのだが。ほら、みんなで美味しい物を食べに行くとか、旅行に行くとか」

【まぁ、ジェームズもそれクライはイイとオモうが。でも、ジェームズはイマもそれなりにシアワせ。……()()()()をワスれたワケじゃないが、こうしてイヌでいるのもナれた。ラウールもジェームズにはヤサしい。ちょっとくらい、ビンボウでもカマわない】

「……そう、か」


 そこまで話をして、再びテレビ受像機の画面に視線を戻せば。きっと番組の合間なのだろう、画面はグリードの特集ではなく、新発売の炭酸飲料のコマーシャルを垂れ流していた。「スカッと爽快、初恋の味」。そんな素敵なキャッチフレーズを楽しそうに宣言されたところで、モノトーンの色彩では初恋の味とやらも色褪せて見える。そうして飽きもせず変わらない、グレーな無彩色の景色に……イノセントはやっぱりお留守番は退屈だと、グズらずにはいられない。

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